ミヤガワ日記

ピアノや読書を中心に、日々の気になったことを書いていきます

落合陽一氏の個展と自分の建築学科の思い出

目次:

 

ガウディが嫌い、ミースが好き

学生時代、僕の学校に「アントニオ・ガウディマニア」とも言って良いガウディの権威であるA先生がいた。人格者であり、大変熱のこもった先生であった。この先生がガウディのサグラダファミリアや、グエル公園の良さを力説するのだが、僕はいまいちガウディの建築が好きになれなかった。

「なぜ好きになれないのだろうか?」

僕は考えてみた。まず、前提として、「なぜそのようなカタチになったのか?」が示されていない、曖昧であるという点。

建築学科に入ってからというもの、バカの一つ覚えのように「コンセプト、コンセプト…」と聞かされていたので、ガウディの建築はそこにコンセプトが存在しない、或いはコンセプトはあるかもしれないが、基本的には「自分の思い描いた世界を短絡的にそのまま現実に投影しているだけ」なのではないのかと。

勿論、ガウディの建築は、「フニクラ」と呼ばれる逆さ吊り模型を使用して柱のカタチを決めていたというのだから、「自然」という要素を取り込む、合理的な建築物、という説明もできよう。しかし、その成果物をみていると、やはり「作家性」というか「手垢」が強調されてしまっているように思える。こういう建築は学生時代の僕には「NG」として叩き込まれていた。にもかかわらず、ガウディが認められているのは腑に落ちなかった。建築学科の教育は二枚舌なのではないかと。

ガウディの建築には些か失礼な言い方ではあるが、ディズニーランドやUSJといったテーマパークに近い「安っぽさ」があるような気がしてならない。順番としては逆だろう。ガウディがそのようなテーマパークの建築の道を切り開いたのであろうか?勿論、実際にスペインに行ってサグラダファミリアを見たら感動すると思うが…進んで行こうとは思わないということ。

 

これに対して僕は「ルードウィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ」の建築が好きだった。バルセロナ・パビリオンの静謐でミニマリズムな建築、X軸、Y軸、Z軸に従順な数学の奴隷。現代建築の礎である鉄、ガラス、コンクリートによる表現。ガウディに比べるとゴチャゴチャしておらず、非常にシンプルである。

 

 

□△・△・・・☓◯・・△・

 

□・・・□・・・□・・・□・・・

 

いきなり余談ではあるが、上の記号の羅列に関して、どちらが好きか?を選ぶと文系か理系かが分かる、という診断テストがある。真偽の程は不明であるが、上の図を選んだ人間は文系、下の図を選んだ人間は理系、とのことである。そもそも理系文系に分けること自体ナンセンスではあるが、あえていうならば、「ガウディは文系、ミースは理系」と言えないだろうか?

僕は理系の学科だったものの、「建築学科」であり、これは純粋に理系とはいえない。そもそも僕自身がそれほど理系科目が得意なわけではなかった。理系に対する「憧れ」はあった。単純で整理されているものに対する憧れが僕を「ガウディ嫌い、ミース好き」の思考にしたのかもしれない。僕が持ちえない要素を持っている、そんなものに憧れていたからなのかもしれない。

 

 

一見二枚舌の建築学科での教育

閑話休題、「手の痕跡」という課題が「設計演習」という授業で出題されたことがある。「手の痕跡が分かるドローイングを提出しなさい」という課題。

当時大学には非常に絵の巧い助教授がおり、その先生が学生時代に描いた「電柱」の鉛筆によるドローイングがスクリーンに映し出されたのを見て、まるで写真のようだったのを驚嘆した。幾人かの学生は「写真でしょう?」と囁いていた。

「このような感じで、手の痕跡が分かるドローイングを来週提出して下さい」

僕は疑問に思った。超リアリズムな絵には果たして「手の痕跡」など残っているのであろうか?と。

と同時に一本一本の線が、全て鉛筆の濃淡、筆圧の強弱で綿密さを持って構成されているという事実には間違いなく極限まで研ぎ澄まされた「身体性」=「手の痕跡」が見て取れるのだ。

一週間が経ち僕が提出した絵は下のようなものだった。

 

f:id:piano6789:20180506231409j:plainマイケル・ナイマンの肖像

 

勿論、評価はBであった。僕の現実解析能力ではこれが限界だった。描いたものの「対象」の選び方も脈絡がなくて良くなかったのであろう。

 

さて、そのような建築学科ではあったが、前述した通り教授陣は「コンセプト」を連呼していた。「お前、どうしてそのカタチになったの?」「この建築のコンセプトは何?」等々。これらは「何となく」では決してならず、言語化して表現する必要があった。

一度、僕は仲間と一緒に大通りに面したメディアラボを計画したことがあった(実際に建てるコンペ等ではなく課題の一環として)。僕らは一生懸命に鉛筆でドローイングをした。真っ直ぐな道路に面しているので人々が入りやすいようにファサードは波のように曲面にしよう。日本建築の持つ、「縁側的な内と外の緩やかな境界」を実現しよう。こんな具合である。青臭い、懐かしい思い出である。

ちなみにそのプレゼンテーションではある毒舌キャラの建築家にクソミソに言われた。「波のようにと描いてあるけれど、そのまま波々なファサードにした非常に短絡的な陳腐な計画だよね」と怒りながら一蹴された。僕らは恥ずかしい気持ちで他の学生の前で突っ立っていた。今思い出してもムカムカするが、しかしながらこの教授の言ったことは理解できる。確かに僕たちの計画は短絡的なのだ。

 

さて、上記のように建築学科では互いに相反する「アンビバレント」な要素を教え込もうとしていたような気がする。一つは「手の痕跡」に見るような独自の「主観性(作家性)」、もう一つは「コンセプト」という言葉に代表されるような、出来得る限り主観を排除した「客観性」である。僕はこの二つを「アンビバレント」なもの、と捉えていた。実際にそうであろう。

今となって色々な建築や、芸術作品を見てきて気づいた事がある。

『素晴らしい作品というのはこの「主観性」と「客観性」が高次に融合してできるものであること』を。

 

 

ミースの主観性〜石山修武の言説より

 

開放系技術論11
 何度目かのバルセロナ・パビリオン訪問の朝、その日はパビリオン床下のメンテナンス工事の最中であった。トラバーチンの床が一枚外されて床下に闇がポカリと顔をのぞかせている。そうか、石の床が取り外せるように設計されているのかと気付く。床の下に潜り込んでみる。誰もとがめる人はいない。床下の闇に這いつくばって入り仰天した。床下の闇と思はれた地面には細い光が格子状に写し出されているではないか。〜中略〜これ等の床下に秘められた様相は決して合理的と呼ばれる精神の働きからのみで、生まれるものではない。

石山修武研究室より

 

上記引用は僕の嫌いな(笑)石山修武氏によるものである。端折って書くと、ミースのバルセロナ・パビリオンには当初トラバーチンの隙間から上の方に向かって投光器で格子状にライトアップをする計画があったとのこと。それに対して石山氏は「合理的精神のみで生まれるものではない」と語っている。

僕はこの文章がとても好きで気に入っている。ミースの建築は一見「合理的」で「客観的」であるが、このような「仕掛け」を知ると、益々ミースの建築に「愛着」に近い何かを感じるのは何故だろうか?

 

一見「客観性」を纏ったモノにさりげない、僅かな、微小な「主観性」を見出すのはとても新鮮で、そしてそのモノの「奥深さ」を知ることになる。秘すれば花なり。

 

 

 

落合陽一氏の作品に見る非合理性

前置きが長くなってしまったので、本題はあっさりと。5月4日、僕は落合陽一氏の個展を見に、原宿のジャイルまで行ってきた。GWだというのにすることが無かったからだ。

落合陽一氏についてはここでわざわざ語らなくてもよいであろう。

落合陽一  職業:メディアアーティスト、研究者、大学教員、実業家
https://ja.wikipedia.org/wiki/落合陽一

 

僕は最近仮想通貨絡みの情報から、この人の本が売れていることや、メディアに登場しているのを知り、「一体、現在の若い人々はどんな事を考えているのだろう?」と疑問に思い、メディアアーティストとしての落合陽一氏を偵察しに行くことにした。なお、落合氏の書籍等は読んだことが無い。先入観無しで偵察してやろう、と思った。

展示は無料で見れる、という事も理由の一つとしてあったが、やはり自分は最近、新しいものに鈍感であり、かつ故意に受け付けなくなっているので、そういった「頭の中のサビを落とす」という意味合いで久しぶりに展覧会を見に行ったのである。

場所は原宿の「GYRE(ジャイル)」。オランダの建築集団であるMVRDVの設計した建物の中である。

展示室に通じる小さなドアを潜ると、それは一言で言えば「テクノロジー」の静謐な空間だった。

 

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Levitrope

 

「Levitrope」

上の写真のような装置があった。大きな石臼のような金属製の台座が回転しながら、更にその上に鏡面仕上げの球体が宙に浮遊しこれまた回転しながら廻っている。さながら太陽(恒星)を中心に自転しながら廻る惑星のイメージ。

不思議な装置だった。電磁石を使っているのだろうか?新しいテクノロジーが人間単体ではなし得ない「浮遊」を実現する。

僕はこれを見た時に、単に「凄い技術だな」「面白いな」位にしか思わなかったが、今こうしてブログを書いていると何となくこの装置に対する「哀愁」のような、或いは「コケティッシュ」なイメージが想起された。球体は最新の注意を払って磨かれ、台座も非常に滑らかに、スマートに回転しているにも関わらずだ。

この装置は、「人間が電気を送ることを止めなければ、永遠と同じ運動を繰り返している」と考えると、実は最先端の技術や機械という「装置」が持つ「お茶目さ」「バカバカしさ」みたいなものが垣間見えて、非常に愛着が出てくる事に気づいた(余談だが、学生時代の設計演習でも「装置」という課題が出されたことがあることを思い出した)。

この「装置」が人類滅亡後も残っていて、荒れた荒野にその像を映しながら何万年も浮遊しながら回転し続けていたら?そんなシュールな光景が目に浮かんだ。恐らくは宇宙人がそれを発見するであろう(笑)。「ははは。ローテクだな!」と宇宙人は言うかもしれない。人間が古代の廃墟を発見する時のような眼差しを持って。さながら宮崎駿の「天空の城ラピュタ」の巨神兵のごとく、その姿は幾分哀愁に満ちている。

 

 

 

 

モルフォ蝶
モルフォ蝶

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モルフォ蝶

 

「モルフォ蝶」

これは自然を機械によって再現する、という試みのようだ。上の写真は動かない、標本であるところの「本物のモルフォ蝶」。そして、下の写真は「電気的な仕掛けを持った動く偽物のモルフォ蝶」。生⇔死、静⇔動、自然⇔テクノロジー、本物⇔偽物といった対比。

面白いのはそういった属性が簡単には両者に振り分ける事ができないこと。

生きているモルフォ蝶は動いていたが、死んでいるモルフォ蝶は果たして本物と言えるだろうか?我々は「動物≒動くもの」と定義したならば、本物のモルフォ蝶は寧ろテクノロジーによって繊細に再現された、今その瞬間に動いている下の写真の側ではなかろうか?

このような視座に立つと、作品解説にもある通り「人為と自然との差があやふや」になる。

最近、人体や脳を冷凍保存するプロジェクトがアメリカあたりにあるという情報を耳にしたが、そのような時代に於いて、このような問題提起、コンセプトは非常に面白く感じた。

また、この作品に於いても、上記の作品同様にある種の「装置感」が滲み出ており、面白さの中に潜む「哀愁」を感じた。

 

 

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コンセプト

 

他にも色々と作品があったが、このブログではこの辺にしたい。最後に上の写真はこの展示場の入口の壁に書かれていた言葉である。ここで僕が注目したワードは「工業社会のヴァナキュラー性」という言葉。ヴァナキュラーとは「その土地独特の」といった意味で、よく建築物を指して使用される。「土着の」という意味である。つまりこの個展の展示は「工業化社会」そのものではなく、その中の「一部の地方」を現しているということであろう。

それは工業化社会の中にある「ニッチな、合理的でないモノ」という意味かもしれないし、「落合陽一氏の手垢のついた村」という意味合いなのかもしれない。

これらの展示物や装置には、やはりある種の「合理性を欠いた、どこか非合理な要素」を内在していた。「テクノロジー」という言葉、及びそのスマートな装置に巧妙に隠されてはいたものの。誤解を恐れずに言えば「愛すべき、人間臭いマヌケな機械たち」。

そして僕はその潜められた「手垢のついた村」を探すことが出来た気がする。これは素晴らしい作品群であったと思う。

 

 

追記:(当初の予定では落合陽一氏をディスるつもりだった。若者はやれテクノロジーだ、ITだAIだ仮想通貨だ…と騒ぎ立てるが、少しは自然に出ていって、太陽のもとで自然に触れ合いなさい!勤勉に働きなさい!と。
しかしながら真面目に「現代」に向き合っていなかったのは寧ろこちらの方であった。実際に展示を見てみる、という事はとても重要なことである)

 

了 

 

 ↓今これを読んでいます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歯医者とISSEY MIYAKEのマオカラーシャツと自分の真の姿(小説風)

敗者ならぬ歯医者

 

GWも始まったというのに僕は朝っぱらから新宿の街を闊歩していた。それというのも歯科医に行かねばならなかったらだ。
しかしとても気持ちの良い天気だった。街行く人はみな楽しそうにうららかな春の陽を満喫していた。スーツケースを引く外国人、昨日からオールした陽キャの若者たち、これから旅行に行くであろう◯倫カップルなどなど…。

なぜ僕ばかりこんな良い日に歯医者に行かねばならぬのだ!これぞ人生の敗者!などと、オヤジギャグを考えてニヤニヤしている内にビルに着いた。僕はよく独りでこのような高尚な考え事をして、独りでほくそ笑んでいるのだが、他人から見ればさぞ変な人と思われたであろう。


閑話休題、歯医者に着いて診療台に乗っかる。すると、

 

「さてミヤガワさん、被せ物なんですがどうしますか?銀色のやつでよいですか?」

僕は迷ってしまった。確かに昔虫歯になったときに何も考えず銀歯にしていたが、やはり銀歯は見た目が悪い。よし、ここはひとつ、と思い、

「ほげ、ちなみに白い物はどのくらいしますか?」

「そうですね、うちだとセラミックは10万からですね、ちゃんとしたオールセラミックは12万から」

「じゅうまんえん??」馬鹿なことを言わないでくれ!そんなセラミックの小さい塊が10万だと?

 

僕は頭の中で逡巡した。アメリカでは太った人と歯の汚い人はビジネスマン失格とみなされる、つまりはきちんとした社会人としてみなされないという話を聞いた。うむ、正論!

 

「ではセラミックでお願いします、12万のやつで(爆)」

 

気づくとそんな言葉を口走っていた。大丈夫、金は作れば何とかなるから(震え声)。

ビルを出て歩きながら考えた。元はといえば自分の怠惰が招いた結果である。因果応報というやつだ。とはいえ先ほどまでの太陽のキラメキも今となってはモノクロームに見えた。

 

 

ISSEY MIYAKEのマオカラーシャツ

さて、この日はもう一つ用事があった。写真を撮るのだ。といってもヲタクが集ういかがわしい写真撮影会ではなく、自分のポートレイトを撮るのだ。なんでも社員証に必要らしく、会社に送る期限はあと2日。急いでデータを送らないと間に合わない。

そこら辺にある証明写真でもよかったが、出来ればかっこよく撮りたい。乙女心より繊細なこのオジサン心分かるだろうか?という訳で、カメラ屋さん併設のスタジオっぽいところで撮ってもらう事にした。

 

「な〜んか変わった襟ですね、オシャレですよねぇ~」

かる~い感じのカメラマンの兄ちゃんがお世辞を噛ましてきた。ぜってーそう思ってねーだろ!

 

しかしそこらの一般ピーポーとは違うシャツという事に気づいた事は素晴らしい。そう僕はこの日のためにISSEY MIYAKEの白いマオカラーシャツを着てきたのだ!

 

どうであろうか?ちょっと透けているが…。マオカラーシャツとは立て襟のシャツで、ネルーカラーともマンダリンカラー、スタンドカラーともいわれる。ようするに料理家の服部先生とかを思い浮かべてもらえばよろしい。あれのシャツ版である。

ちなみに僕はマオカラースーツも持っている。こちらのほうはまんま服部先生。

シャツは兎も角、スーツの方はいつどこで着るのかが非常に難しく、クローゼットに眠ったままになっている。一度ネタで服装にそれほどうるさくない職場にスーツの方を着ていったことがあるが、「牧師さんみたいw」とか言われたつらい過去がある。あとは結婚式などで着用した過去がある。

 

 

ピアニストや指揮者はよくこのスーツを着ているので、恐らくはピアノ発表会とかで未来に着ることがあるかもしれないし無いかもしれない。もっともピアノ教室に通ってからの話であるが。

 

さて、本題はそこではない。僕は写真に写った自分の顔に仰天した。

 

「あれ?ブサイクじゃね?」

 

説明しよう。人間はいつも自分を見る時に鏡を使用する。鏡は左右が反転して映し出される。それ故、左右対称の整った顔の持ち主でない限り、自分の真の姿と鏡で見る姿は乖離していることが多いのである。

鏡に映った自分というのは見慣れているのでそれほどブサイクに感じない。これは心理学的にいうと「接触が多いものに対しての慣れ」である。

 

なるほど、OK。OKじゃないけどOK!周りの人はこんな姿の僕を見ていたのか…。この歳になって自分の容姿で凹むとは…!僕は写真館を暗澹たる気持ちで後にした。ゴールデンウィークの初日というのに、なぜ僕は沈んだ気持ちになるのか?街行く人々は楽しそうだった。陽は高く上り、まるで初夏の陽気だった。

 

 

結論:人間は中身で勝負だ!

さて、僕にはこの言葉しか無い。これからも伸びる可能性のあるものは中身しか無いからだ。もちろんいま現状の性格とか、経済状況、教養、技能、ステイタスはまだまだなのだが、外見の作りは変えられないにせよ、これらの要素は変えることは十分に可能と思っている。

また、内面の充実が外見の表情に現れる、といったこともあるかもしれない。という訳で、身だしなみは大切にしながらも僕は今日から内面を磨きます!

 

たまには違う口調でネタ記事を書いてみました。読んでいただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

シューマン=リストの「献呈」は何故日本人ピアニストによく取り上げられるのか?(不肖動画もありw)

この間、久しぶりに新宿のタワーレコードに行ったのですが、日本人のピアニストのCDのコーナーを覗いていて気づいた事があります。

 

収録されている曲目は様々なのですが、シューマン作曲、リスト編曲の「献呈」(Widmung、君に捧ぐ)を収録している日本人ピアニストが多いという事です。

勿論、僕がこの曲をよく知っているので、カラーバス効果(意識しているものが目につくという事)で目につく、という事はあると思いますが、やはり結構多い印象です。

 

例えば今をときめく日本人ピアニスト「牛田智大 献呈~リスト&ショパン名曲集」さんや、「反田恭平 月の光~リサイタル・ピース第1集」さんもCDに収録しています。反田恭平さんに至っては2枚も「献呈」を収録したCDが存在していました。ライヴ版とスタジオテイク版でしょうね。デビューしてそれほど経っていないのにこのペースはすごいですね。

僕が持っているCDでも主なところで「河村尚子」さんや、「横山幸雄」さんがこの曲を収録されています。他にも僕はCDを持っていませんが「蔵島由貴」さんや、「外山啓介」さん等々、数え切れないほどの多くの日本人演奏家が取り上げています。アマゾンのプライムミュージックではもっと多くの演奏家の「献呈」がありました。

 

 

 

もっとも日本人ではなくても、「ユンディ・リ」や「キーシン」の弾いた献呈のCDも持っていますが…。

余談ですが、ピアノサークルでもこの曲を弾く人は沢山います。僕も以前入っていたピアノサークルで弾いたことがあります。拙い演奏をyoutubeにアップしていたりもします(後ほどリンクを貼りますが…)このピアノマニア界隈ではあまりに弾く人が多いので逆に弾きづらい側面があります。

 

 

 

 

 

【考察】なぜ「献呈」なのか? リストの「愛の夢」じゃあかんのか?

歌曲集「ミルテの花」より「献呈」はロベルト・シューマンによって歌曲として作曲されました。リュッケルトの詩に基づいて作曲されているのですが、この曲をクララ・シューマンとの結婚式の前夜にクララに捧げた、という逸話が残っています。ロマンティックですね。

そしてピアノ独奏版の「献呈」はこの歌曲集のメロディを元にしてフランツ・リストが編曲したものになります。その演奏を聴いたクララは「原曲の良さを台無しにしている!」と怒ったとか。
今ではどちらも良い曲だと思いますけれどね。クララにしたら「ロベルトがせっかく私に捧げてくれた私だけの曲を改悪された!」という気分だったのでしょう。そんな気持ちよく分かります。よく映画やドラマでも「原作の良さをとどめていない!」といって怒る人々の気持ちと一緒ですかね?ちなみにクララ自身もピアノ独奏版に編曲しているのですが、こちらはあまり弾かれていないようです。

 

閑話休題、僕は楽曲分析等はできないのですが(汗)、自分なりに「なぜこの曲がよく弾かれているのか?」考察してみたいと思います。

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1.アンコールピースにぴったり

一番の理由はこれですね。献呈という曲は演奏にもよりますが、長さが3分半から4分ほどで、ピアニストがさらっと演奏するアンコールにぴったりの曲です。ですのでピアニストの収録したCDの収録曲目を見ても、ソナタ等の大曲の後に収録されている場合が多いです。ボーナストラックとして収録されている場合も。

また、この曲はシューマンの曲の後にアンコールとして弾くのは勿論、リストの曲の後、広くロマン派の曲の後に弾くのにも向いています。ようするに「オールマイティ」な曲な訳です。

この曲は「華やかさ」と「しみじみとした静けさ」の両方を内在しています。その特性はアンコールにぴったりです。リサイタルの曲目が静かでしみじみと終わればアンコールでこの曲は「華やか」に聴こえるでしょうし、逆に超絶技巧の音の嵐で終わればまるで「食後のデザート」のように爽やか、かつさっぱりと聴こえるでしょう。

 

 

2.難易度の割に演奏効果が高い

この曲は難しいです。確かに難しいですが、リストの他の作品と比べると「楽」な部類に入るのではないでしょうか?ピアニストであれば誰でも弾ける位のレヴェルだと思います。

1ページめは主題の提示、2ページ目になるとその主題をリストらしい「いじり方」で左手に旋律を持ってくる、その間右手は華やかに6度の和音移動を奏でる。3ページ目は伴奏の中に旋律を浮かび上がらせるシューベルト即興曲風な中間部、展開して華やかに主題が戻ってくる。この右手のアルペジオ部分がとても難しいですが、リストに慣れた人であったら手に馴染むと思います。それが終わると、重音で主題を奏でる部分、その後アヴェ・マリアの旋律でサラッと終わります。

こうして書いてみるとかなり沢山の「演奏技法」が必要な事が分かります。そしてこれらの「効果」は抜群で、かなり難しい曲に聴こえます。特に右手のアルペジオが縦横無尽に低音から高音(あるいはその逆)に移っていく部分とか。

あなたも是非挑戦して下さい。演奏効果はとても高いです。

 

 

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↑ここの右手難しいです…いまだに満足に弾けません。

 

 

3.通(ツウ)ぶれる?

一般の人はフランツ・リストの「愛の夢第三番」と、この「献呈」どちらを知っているか? 

これを考えると圧倒的に「愛の夢第三番」の方が有名だと思います。愛の夢は「この曲、どこかで聴いたことある!」となるでしょう。しかし献呈はピアノを弾く人の間ではとても有名ですが、一般の人はほぼ知らないのではないでしょうか?

なぜ「愛の夢」を比較対象にしたかというと、長さも同じくらい、難易度も献呈の方が少し難しい位で同じくらい、ピアニストがアンコールでどちらを弾くか?迷う曲目と考えたからです。

そして、多くのピアニストが選ぶのは「献呈」のほうです。愛の夢は些か食傷気味というか、有名になりすぎているのです(とても良い曲ですが)。
また献呈の場合は技巧にも沢山の「ヴァリエーション」が必要ですが、愛の夢はそれほどでも無い気がします(僕はどちらも巧く弾けないですけれど笑)。
愛の夢は旋律は基本右手で、一番盛り上がるホ長調の部分と細かい音を克服できればOK的なイメージがあります。

という訳で、親しみのある甘美でかつ美しいメロディを持ちながらも、まだまだ一般には浸透していない「献呈」を選ぶ事で「通」とみなされる、という仮説を立ててみました。

想像ですが、ピアニストとしてもアンコールを聴いた聴衆が「あの曲はなんて曲だろう?とてもいい曲だった」と思われたいでしょう。

まぁ、そもそもこんな安易な理由で選曲するピアニストはいないと思いますが、ピアニストの戦略的な部分に目を向けるとこのような考えがあっても良い気はします。

 

 

4.単純にピアニストに「献呈」好きな人が多い

これは大いにあり得ます。ピアニストは戦略的にプログラムなりCDの曲目を決めますが、嫌いだったら弾かないと思われます。いい曲ですしね。

献呈は元々「歌曲集ミルテの花」の一部の曲なので、歌曲特有の「親しみやすい旋律」が存在します。ようするに歌で歌えるような旋律、フレーズな訳です。プロコフィエフや、スクリャービンシェーンベルク等々の曲を鼻歌で歌うのは難儀ですが、この曲は歌えるのですね。

またこの曲の構造について、最初は主題が素朴に提示され、次はその主題を装飾するような音型に変わり、中間部の少し静かなところを経て、再び主題が超絶技巧で高らかに歌われその後、また形を変えて主題、最後はアヴェ・マリアの旋律を少し出して終わる、という形になっています。

つまり主題に使用されるテーマが重要になってくるのですが、このテーマの旋律がとても優しい気分にさせてくれる、いかにも結婚式にふさわしい愛に満ち溢れたテーマとなっているのが、ピアニストをその気にさせるのではないでしょうか?

「このテーマをどうやって料理してやろうか?」とほくそ笑むピアニストの姿が見えるようです。 

 

僕の過去の「献呈」の演奏

さて、僕もこの曲を人前で弾いたことがあります。ピアノサークルと発表会で弾いたのですが、一番最初はなんと!親戚の結婚式で弾いたのです。

当時の僕はこの曲を弾きこなすレヴェルではありませんでした。大体、小さい頃にバイエルしか終わらなかった人間が大人から再開して「献呈」を弾けるようになるわけ無いと(僕のピアノ歴については過去の記事に小出しにしているので興味があれば読んでみて下さいw)。

しかし親戚に「是非ピアノ弾いて下さい」と言われて何の曲を弾こうか?と迷った時にこの曲を選んでしまったのです。先にも書いた通り「シューマンが結婚式の前夜にクララに捧げた」というこの曲の逸話が華やかさとしみじみした感じを持つ「結婚式」という場に適切だと思ったからです。

当時僕は20代の大人でしたが、ピアノ教室に通っておりそこではチェルニー40番で壁にぶち当たっていました。その程度の人間がこのような曲を弾こうとするものだから、右手の6度進行が滑らかに出来ない、その間の左手の旋律が埋もれてしまう、中間部の旋律が上手く出せない、盛り上がるはずの右手のアルペジオが切れ切れになってぎこちない、重音の三連符と右手の旋律の拍が合わない、と散々でしたが、アルペジオの練習と、僕のブログに何度となく出てくる「ピシュナ 60の練習曲 解説付 (坂井玲子校訂・解説) (Zenーon piano library)」の練習で、何とか親戚の結婚式で弾く事が出来ました。あの時は緊張したなぁ(笑)。

その時の奮闘は機会があればまた記事にしたいと思います。

 

youtu.be

↑恥を忍んで動画を貼り付けます。6年位前に都内の音楽スタジオで撮ってみたものです(汗)

 

弾きたい、と思ったあなたも是非挑戦してみて下さい。人生は短いです。やりたいと思った時にやらなければ時間が過ぎるだけです。上手く弾ければとても華やかで、良い曲ですよ。

 

読んでいただきありがとうございました!

 

 

 

 ↓この楽譜の1曲めに収録されています

 

と思ったらピースでも↓販売されていました。 

 

【近況報告】場面緘黙症とひょうきんな人について

 お久しぶりです!以前「場面緘黙症」について書いた過去記事

 

piano6789.hatenablog.com

 

について、結構反響があったので(読んでくださった方、ありがとうございました!)、今現在の自分の状況について少し記事にしてみようと思います。単なる自分の性格の列挙なので、需要があるかどうかは分かりませんが…。

 

以前にも書きましたが、僕は特定の場面で押し黙ってしまう、話したくても話せないという性格を持っています。僕の場合、はっきりと医者に「場面緘黙症」と診断されたわけではないですが、僕自身は多分この場面緘黙症だと思っています。正直、場面緘黙症かそうでないか?はどうでもよくって、自分自身が生きづらいと感じている事について列挙したいと思います。

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場面緘黙症と思われる僕は、話の輪に入れない

 

まずは「話の輪に入れない」という事。

最近ではAさん、Bさん、そして僕という3人がいた時に、僕はAさんと1対1で話すことが出来る、Bさんとも1対1で話すことが出来る、ところがAさんとBさんが話している時にその輪に入れない、という事がありました。

このためにAさんやBさんから不審がられ、関係がギクシャクするという変な状況に(笑)

正直、この歳になってこのような事で悩むというのは思いもよりませんでした。

Aさんともサシで話せる、Bさんともサシで話せるという事で(まぁ、自分から進んではあまり話せませんが笑)、通常ならばAさんとBさんの会話にも入っていけるはずですが、これが出来ない。「場面緘黙症」の「特定の場面」の定義からすれば、このAさんとBさんの会話が「特定の場面」であり、僕が緘黙してしまう状況なのです。

 

ただ、分かったことは「会話によるコミュニケーションを取らないと、人は僕を避けていく」という事です。これは100%そうです。僕が他者に「話さない」という態度を取った場合、取られた方は「この人、私のことが嫌いなのかな?」と思うはずです。自分と他者を入れ替えて客観的に眺めると分かりやすいです。「僕を無視している人と何故付き合わなくてはいけない?」となるはずです。

 

ただ、僕の場合だけかもしれませんが、このような複数人での会話も苦にならない場合があるのです。例えば親友が集まったときとか。時と場合に因るのです。

本当に不思議です。自分自身が何を考えているのか分かりません。自分で自分がわからないのに、AさんやBさんから観ると僕は非常に奇異に写っているでしょう。すごくプライドの高い奴、と思われているかもしれません。

 

 

 

場面緘黙症の人は「ひょうきん」なところがある

 

場面緘黙症」と聞くと、押し黙っている暗く物静かな人物を思い浮かべると思いますが、僕の場合それほど深刻な症状がないためか、ある集まりに於いては「ひょうきん者」という評価を頂く事があります。

自分でも通勤中にオヤジギャグを思いついて一人でニヤニヤしていたり(もうオヤジ世代なので仕方がない汗)、ある集まりに於いてはそのオヤジギャグを華麗に開陳して冷たい視線に晒されたりといった事があります*1

 あなたの隣の話さない人-緘黙(かんもく)って何?-[改訂版]

という本を読んでみたところ同じことが書いてありちょっとビックリしました。幼い頃に場面緘黙症を患っていた人も家の中では「ひょうきん者」だった事が多いようです。

何故そんな振る舞いをするのかはよく分かりませんが、黙っているとストレスが貯まるのでその反動でひょうきんなことや面白いことを空想してしまうのかもしれません←適当。

 

少し関連して、僕は会社の週報にその週にやった業務の詳細に加えて小説風の文章や、時事ネタ、自分に起こった私生活でのハプニング等を書いていたりします(勿論、それは金曜日の朝早くに会社に行き、就業時間前に書きます。はたから見ると「痛い人」です。こんな事を週報に書いていていつかはクビになるんだろうなぁ…笑)。

しかしこれが同じ職場で働いている同僚に結構好評で、「いつもミヤガワさんの週報だけは読んでしまいます」とか言われたりします。僕も会社に於ける「人材の定着」に一役買っているのだ!と思い込み、毎週書いていたりします。

僕はあまり話さない真面目人物と思われていますが、蓋を開ければ週報に小説書いちゃう超不真面目人間であるということなのです!

 

 

 

 

場面緘黙症と二重人格について

 

さて、ここで言う「二重人格」とは「人格障害」の「解離性同一性障害(多重人格)」を指すのではなく、一般に「あの人の態度は二重人格だ」と言われるような、「性格的な二重人格」です。

上記記事「話の輪に入れない」人間、と同時に「ひょうきん」な人間である自分は以前の記事にも書いた通り、自分が「二重人格ではないか?」と悩んできました。

人によって態度を変える、というのは処世術の一つではありますが、本当の自分とはいったいどちらなんでしょうか?人によっては「二重人格のままでいいじゃん」という方もいるかもしれません。

 

本当の自分は「ひょうきんで話好き」なのだと思います。しかし事実、他人と話す時にぎこちなくなってしまう、もしくは話せない。特定の状況と特定の人には饒舌になりひょうきんな事も言えるので、そこに矛盾が生じて、トータルな自分像が描けない事にフラストレーションが溜まってしまいます。

 

 

 

これからどのように生きるか?

 

アラフォーの僕の場合、最近心がけていることは「無理に人間関係を維持しない」という事です。無理をする事は自分にとっても、また関わる他者にとっても良いことはありません。

自然に力を抜いた状態で人間関係を構築することで、自然で良好な人間関係というのが築かれるのだと思います。要はリラックスして、出来ないものは出来ないと諦めることも大切という事ですね。

また、「老人に対人恐怖症の人間はいない(少ない)」という事実からも分かるように、歳を取ってくると対人への葛藤というものは段々とこなれてくる感じはします(僕も若い頃に比べると随分と図太くなりました笑)。時間が解決してくれるという部分もあると思います。

それは諦めに近いものかもしれませんが、僕は良い意味で力が抜けた状態だと思っています。そんな「ゆるやかな人間関係」を目指していきたいと思います。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

*1:「ひょうきん」と自己評価しましたが、「面白い」かどうかは他人が決めるもの(以下略)

アンスネスのシベリウスCDを聴いた感想

ピアニストのレイフ・オヴェ・アンスネスによるシベリウスのピアノ作品集のCDが9月に発売されました。9月の時点で即買っていたのですが、感想なりレビューはよく聴き込んでからにしようと思い(決して面倒くさかった訳ではない…)、今回ブログを書こうと思った次第です。

 

目次:

 

アンスネスのCD

↑このCDですね。アンスネス氏、昨年のコンサート時と同様、ヒゲを生やしております。シベリウスのアイノラ荘をイメージしたのでしょうか?北欧の、木で出来た住まい風のセット?

 

 

収録されている曲

シベリウス
1.6つの即興曲作品5より
 即興曲第5番*
 即興曲第6番
2.キュリッキ(3つの抒情的小品)作品41
 第1曲 ラルガメンテ
 第2曲 アンダンティーノ
 第3曲 コモド
3.ピアノのための10の小品作品24より
 第9曲 ロマンス*
 第10曲 舟歌
4.ピアノのための10の小品作品58より 第4曲 羊飼い
5.悲しきワルツ作品44の1[ピアノ独奏版]
6.ソナチネ第1番作品67*
 第1楽章 アレグロ
 第2楽章 ラルゴ
 第3楽章 アレグロ・モデラー
7.ピアノのための5つの小品(樹木の組曲)作品75より
 第4曲 白樺の木
 第5曲 樅の木
8.ピアノのための2つのロンディーノ作品68より ロンディーノ第2番*
9.ピアノのための13の小品作品76より 第10曲 エレジアーコ
10.ピアノのための6つのバガテル作品97
 第5曲 即興曲
 第4曲 おどけた行進曲
 第2曲 歌
11. 5つのスケッチ作品114
 第1曲 風景
 第2曲 冬の情景
 第3曲 森の湖
 第4曲 森の中の歌
 第5曲 春の幻影

*2016年の来日公演で演奏された曲

(以上、ジャパン・アーツのサイトより引用)

 

シベリウスの曲だけですね(当たり前か)。しかもシベリウスピアノ曲はあまり有名ではないので、このリストを見ただけではどんな曲か分かりません。せいぜい有名なのは「樅の木」や、「キュリッキ」ぐらいではないでしょうか?

少なくとも僕は昨年(2016年)のアンスネスの日本公演での演奏を聴くまではそのくらいしか知りませんでした。「キュリッキ」はグールドのCDで知ったし(数年前のアンスネスの日本公演でも取り上げられていましたが)、「樅の木」はよくピアノ教室の発表会で大人の人が弾いていたりするので知っていました。

シベリウス交響曲管弦楽曲、バイオリンコンチェルト等に比べると、控えめに言ってもピアノ曲はマイナーなイメージしかありません。

まぁ、だからこそアンスネスのようなメジャーなピアニストがマイナーな作品を紹介してくれるこのようなCDは貴重に思い購入した次第です。

 

 

 

以下、独断と偏見でこのCDの曲の感想を述べたいと思います。あくまで自分の感想なので悪しからず(後から見ると黒歴史になりそうな感想もあるよ!汗)。

フィンランドの荒野

 

くすんだクリスタル|6つの即興曲作品5より「即興曲第5番」

少しくすんだ宝石がポロポロ落ちてくるような、下降音型アルペジオではじまる。僕には冬の広大な荒野に立ちすくんだ孤独な男の背中が見えた。何も咲かない枯れ木と枯れ草だけの寂寥な荒野には冷たい風が吹いており、男は何かを決断したかのように思える。束の間希望の風が吹いているが、やはり行く手は困難の風で溢れている。しかし、男は荒野に一歩を踏み出す。

 

昨年もコンサートでこの曲を聴かせて頂きましたが、アンスネスの技巧は素晴らしいものです。繊細なアルペジオと、どっしりとそれを支える左手のオクターブの音量やタイミングがバッチリと合っている。アンスネスは弱音の出し方が巧い、と思えました。

余談ですが、僕は少年時代、山間の田舎に住んでいたのですが冬に風が吹くと風の音が山に反響して「ゴォ〜」と鳴っていたのを思い出しました。春には風に匂いがある事も分かりました。

 

 

ドラマティックな3つの楽想|キュリッキ(3つの抒情的小品)作品41

1曲目、2曲目、3曲目とも大自然の中で独りになる瞬間がある。大きな自然に対峙しているちっぽけな人間を思い起こさせる瞬間がある。寂寥とした北欧の風景が思い起こされる。冷たい氷の国に突如現れる光の中に不思議な、人間を超越した存在が見えることもある。

 

キュリッキに関しては楽譜も持っており、弾こうと試みた事もあるのですが、シベリウスピアノ曲は弾きにくい。リストやショパンの弾き辛さとは違った、悪く言えばピアニスティックな書法で書かれていないが為の弾き辛さですね。

グレン・グールドのCDも持っています。グールドの演奏は「左右の音の対等さ」みたいなものを追求しているためかドラマティックな側面を意図的に排除していますが、このアンスネスの録音はとてもドラマティックに仕上がっています。こういう録音を待っていたという感じです。アンスネスはリズム感がとても良いので、3曲目等も面白く聴けました。

 

 

喜びと諦観|ピアノのための10の小品作品24より第9曲 ロマンス

暖炉の火を見ながら老人が遠い昔のロマンスの回想をしている。甘く楽しい思い出だけでなく、蹉跌や諦観もあったが今となっては全てを受け入れて懐かしんでいる。思い出を愛でるように。

 

アンスネスは昨年、シューマンのコンチェルトをジンマン指揮で弾いてくれたのですが、アンコールがこのロマンスでした。リサイタルでも弾いてくれました。この曲はシベリウスの曲の中でも聴きやすいというか、ピアニスティックだと思います。所々2声になったりする部分が何とも言えず良いです。あとは中間部の音階が右手上昇、左手下降してから決然と鳴らされる部分はとてもドラマティックです。

あの時の感動がCDで聴けるとは!良い時代になったものです。

 

 

 

陰鬱でオシャレ|悲しきワルツ作品44の1[ピアノ独奏版](劇音楽クオレマより)

巴里で催されるような華美なダンスパーティーにはなりきれない。踊る人々の足取りは重く息苦しい。死の予感がする。どこか偽物じみた、皮肉めいた、道化師たちのダンスパーティー。

 

この曲の出だし、左手のデモーニッシュな「刻み」の音はスタッカート気味に奏され抜群の効果を得ています。こういう旋律以外の音も疎かにしないところがアンスネスの巧さだと思います。この曲を初めて昨年のアンスネスのリサイタルで聴きましたが、最初はサティとかのフランス音楽ぽいなぁ…と思いました。そんな瀟洒な雰囲気と共にどこか陰鬱な空気が感じ取れました。

音楽の進め方が抜群によいです。アンスネスはあまりアゴーギク(スピードの変化)を付けない人でしたが、時折ためらいがちに遅らせる低音に重い足取りがよく表現されています。

ダンスパーティーのヒール

 

焦燥感|ソナチネ第1番作品67 第3楽章 アレグロ・モデラー

救急車が来たよー(笑)

 

↑ちょっとふざけました。でもそんな焦燥感がこの曲にはあります。右手のオクターブトレモロが救急車に聴こえてしまって(笑)。

曲想に不安定さがありますが、1楽章や2楽章と比べると3楽章は纏まっている気はします。ライナーノーツによると、このソナチネop.67は20世紀初頭に書かれたピアノ曲として最も革新的で特異なものの一つに数えられる、とあります。

しかしながら僕はまだこの曲の良さが良く分かりません。シベリウスはピアノ音楽で実験を試みたのでしょうか?かといって現代音楽にもなりきれていないような不思議な空気感があります。

 

 

 

冷たさと温かさ|ピアノのための5つの小品(樹木の組曲)作品75より第5曲 樅の木 

樹氷の街。外套を羽織り行き交う人々を見つめてきた樅の木。樹形図のような人々のあらゆる記憶が複雑に絡み合い、冷たい結晶となり再び雪として降ってくる。

 

ここでのアンスネスの演奏は過度にロマンティックにならず、かといって冷たい演奏でもなく、見事に樅の木の持つ冷たさと温かさというアンビバレンツな要素を結合して処理していることを賞賛すべきでしょう。急き込むように弾くべきところはそのように弾いてくれています。シベリウスの中でもピアニスティックな曲、このような演奏を待っていたというべきでしょう。

街路樹と樹氷

 

ここはロシア?|ピアノのための2つのロンディーノ作品68より ロンディーノ第2番

月曜日にお風呂をたいて火曜日にお風呂に 入り…♪

 

↑すみません。またふざけました(笑)。でもこの曲と、後に収録されている「ピアノのための6つのバガテル作品97 第4曲 おどけた行進曲」なんかはどことなくロシア民謡を彷彿とさせます。シベリウスの母国フィンランドはロシアとお隣ですしね。

アンスネスの今までの録音でヤナーチェクとニールセンのCDやホライゾンズのCDを持っているのですが、そこにもこれと同じような民謡を元にした短い曲があったような気がします。そして、アンスネスはこういう曲を弾くのが巧い!曲想を理解して纏めるのが巧いんでしょうね。

 

 

森の中で目眩、または底なし沼|5つのスケッチ作品114 第4曲 森の中の歌

森を進んでいる内に迷子になった、どこまでも続く林、どこを見ても同じ光景。一生森からは抜けることは出来ない。底なし沼のような森。

 

この音楽はなんとなく今のゲーム音楽にありそうな音楽で面白かったです。曲というよりは音素材といった雰囲気ですが、アンスネスがその卓越した能力で曲として纏めているという感じですね。

 

 

 

総括

 

シベリウスとピアノについて

さて、黒歴史になることを分かっていながら恥ずかしい感想を書いてきましたが、このCDを通して改めてシベリウスピアノ曲にも良い曲があることに気付かされました。

多くはピアニスティックではない、恐らくはシベリウスは作曲する時にオーケストラを頭で鳴らしていたのではないか?と思うような作品が多かったですが、何もピアニスティックな作品だけがピアノで弾かれるべきだとは思いません。

「手に馴染む曲」をピアニスティックと定義すればそのような曲ばかりでは表現の幅が小さくなってしまいます。特にシベリウスのような大作曲家は他人の作品を吸収はするものの、自分の「音楽」を作りたいと願っていたと思います。シベリウスの意図を知るという意味でこのアンスネスシベリウス作品集はとても貴重なCDの一枚足りうると思いました。

 

アンスネスのピアニズムについて

これも過去のブログでも度々言ってきましたが、やはりアンスネスは一つ一つの音を疎かにしない、そしてよく纏まった演奏を聴かせてくれます。

ピアニズムで思い出しましたが、最近考えていること、「プレトニョフの演奏とアンスネスの演奏は随分アプローチが違うなぁ」という事です。(いきなりプレトニョフの話ですが分かりやすいので)

僕が考えるに、

プレトニョフは演奏にメリハリをつけるために所々音を抜く(出さないわけではない)タイプ、

アンスネスは全部の音を(もちろん強弱を考慮して)出すタイプ。

このようにカテゴライズしました。どちらも超がつく素晴らしいピアニストですが、本当に色々なタイプのピアニストがいるものです。

そしてアンスネスのアプローチはショパンにはあまり適さないかもしれませんが(独断です)、シベリウスとかグリーグの音楽には適しているように思えます。北欧繋がりということもあるでしょうし、何よりアンスネスシベリウスを愛しています。

 

最後にCDのライナーノーツにあったアンスネスシベリウスの音楽に対する想いを引用したいと思います。

 

"IT INHABITS A PRIVATE WORLD;

IT IS ALMOST NOT FOR

THE PUBLIC, BUT SOMETHING

TO PLAY FOR A FRIEND,

OR EVEN ALONE."   LEIF OVE ANDSNES

シベリウスの音楽は内面世界を映し出しています。

コンサートの聴衆ではなく

友人のために、あるいは一人で弾くために

書かれた音楽であるかのようです。   レイフ・オヴェ・アンスネス

 

読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

階段から落ちて右腕を負傷しピアノが弾けなくなった話

人の役に立つ事はないでしょうが、取り敢えず書きます。

 

目次:

 

 

右腕を怪我した経緯

 

去る9月15日(金)の朝、僕は某国からの飛翔体のラジオニュースをiPhoneで聴きながら駅に向かい、ホームに降りる階段に差し掛かった。その時、何故か次の一歩が踏み出せず、階段で盛大にコケた。一回転ぐらいしたと思う。幸か不幸か周りにあまり人はいなかった。

兎に角自分自身ビックリしたのと、身体が痛くて仕方なかったが、取り敢えずは電車に乗って職場に行くことにした。

職場について、ドアノブに手を掛けて捻ると痛い。どうやら右腕と、右腰(右のおしり)を痛めたようだった(僕は鉛筆以外左利きですが、ドアノブに関しては外から内に入る時と内から外に出る時で違う手を使っていることに今更気づく(笑))。

毎朝職場には始業1時間前につくので、コーヒーを飲みながら痛みを我慢して「さて、どうしたものか?」と考えた。

その内に上司が出勤して来たので相談して、「今すぐ病院行ってきたほうがよい」という結論に達した。

職場近くにある整形外科を調べて行ってみた。

「どうしました?」

「先ほど駅の階段で転んでしまい…」

「それは災難だったね、レントゲン撮りましょう」

先生が神妙そうな顔をしてレントゲン画像を見て一言、

「骨は折れていないね。ヒビも入っていない」

僕はひとまずホッとした。

「打った直後はあまり痛くは無いんだけれど、時間が経過すると痛くなるので、2週間位様子を見ましょう」

そんなことで大量のロキソニン湿布をもらって職場に帰った。

その日は全身が痛くて仕方なかった。もう仕事どころではなかった。家に帰っておしりを見てみるとバカでかい蒙古斑のように右のおしりに青あざができていた。「医者におしりも見てもらえばよかったなぁ…」と後悔した。

転倒する人

 

 

 

タオルも絞れない、蛇口も廻せない

 

取り敢えず敬老の日まで3連休を家で過ごしたのだが、痛みは増すばかり。医者の先生は打撲とも捻挫とも何も言ってくれなかったが、タオルを絞るにも右腕が痛くてかなわない。蛇口も捻ると痛みが走る。

どうやら「捻る」という動作がNGなようだ。

実家の母親に電話して事の次第を話すと「普段転ばないお前が転んだのは、脳に異変があるからではないか?もう歳なんだし気をつけなさい!」などと言われる始末。まあ確かに最近人の名前が出てこないし、脳が衰えている感は否めないが…。

会社に通勤するのも一苦労である。人混みの中右手にぶつかってくる人に怯え、電車では手すりも満足に掴めず、左手でカヴァーするためか、1日1日がとても疲れる。

幸い、ひげ剃りや歯磨き、食事は怪我をしていなくても左手でするのでそこは変化が無かったが、シャワーも左手で持ちながら右手で頭髪を洗うのが痛かったり、筆記は右手なので痛かったり、寝て起き上がる時に左手しか使えなかったりしてとても不便であった。

世の中には片手しか使えない方々もいらっしゃると思うがそういう人々の苦しみや、疲れ、ハンデがまざまざと分かった。

だから僕はこれからは電車の優先席には座らないと決めた。

 

 

 

恐る恐るピアノを弾いてみる

 

右手に力が入らない、速弾き出来ない、指くぐりとかすると「捻る動作」になり痛い。

その時に練習していたのはトレネ=ワイセンベルクの「En avril à paris(四月に巴里で)」というかなり背伸びをした曲だったが、弾いている内に速度は遅くなっていき、左手の伴奏の音は出るが、右手の旋律がどんどん埋没していき、その内に霞のように消えていく。

しばしの静寂の中右腕を押さえて「ああ、僕はもう一生ピアノが弾けないのか…」と「悲劇のヒーロー」気取りでつぶやいてみるも、別に自分はピアニストでも無いし、さほどピアノが巧いわけでも無いので虚しさが増すばかりであった。

 

右腕を怪我して泣く人

 

 

 

怪我をして初めて「ピアノが弾きたくなる」

 

不思議なことに普段ならばピアノの練習なんかしたくない!と思っていた自分、2週間位ピアノに触れなくてもそれが通常だった自分が、怪我をしたことによって、或いは怪我をして「もうピアノが弾けないかもしれない」と思った途端、「ピアノをもっと弾きたい!」と思えるようになった。

全く、人間の(僕の)脳みそというのは普段いかに怠けているかよく分かったし、取り返しのつかない事態になってから初めて作動するのだなぁと。逆に言えば毎日精一杯に生きている人はスティーブ・ジョブズみたいに「明日死ぬ事があれば今日やるべきことは何か?」を考えて生きているのだなぁ、などと妙に感心したりした。

 

昔読んだアマチュアピアニストの金子一朗氏の著書「挑戦するピアニスト 独学の流儀」を思い出した。

金子氏も風呂場で指を痛めた事をキッカケにアマチュアピアノコンクールを目指したという経緯があったので、僕と金子氏の技量の差は雲泥であるにせよ、起こった事象は同じである。

(余談だが、金子氏の演奏は凄い。僕はピティナのコンクールと、某大学マニアック系ピアノサークルでのゲスト演奏を聴いた事がある。とりわけピアノサークルの方は金子氏はラヴェルの「夜のガスパール」を弾いていたのだが、直前に弾いていた人々から一転して空気感が変わり、もはやアマチュアという枠には収まらないプロの演奏であった。念のため付け加えておくが、直前まで演奏していた人々も超絶指が廻るうまい人達であったが、金子氏の場合オーラも凄く、演奏の完成度がずば抜けていた。)

 

 

そんなこんなで、痛いけれど出来る範囲でピアノで指を動かしていた。

右腕を怪我して分かったことが一つある。それは僕の演奏がいかに脱力出来ていないか、という事。痛みが出ないように指を動かしたり運指したりすると、何故か「脱力のコツ」がつかめた。今までは「鍵盤を精一杯押しにいっていた」というイメージが、「今の力で押せるものだけ押せばよい」というイメージに変わった。

当然、マトモな演奏にはならないものの、少なくともピアノ演奏の際によく言われる「脱力」のイメージが掴めた。

そういった意味で「怪我をしたのも満更悪いことでもなさそうだ」と思ったのも事実である。

(無論、自分の主観的なイメージなので間違ってもここを読んでいるあなたは「怪我しよう」などと思わないで下さい。あと、怪我をしている人はピアノを弾く前に必ず医者に「ピアノを弾いてよいか?」確認してからにして下さい。取り返しのつかない事になる可能性すらあります)

 

 

 

結局、痛みがなくなるまで2ヶ月かかった

 

右腕とおしりにロキソニン湿布を貼っていたので湿布の消耗が早かった。医者に行くと800円位で7枚入り×4袋=28枚が手に入るが、処方箋薬局で買うと7枚入り1袋で1,600円位することが分かり驚愕した。日本の医療保険制度に感謝である。

1ヶ月位経ってもまだ痛みがあったので、医者が「もう一度レントゲンを撮りましょう」と言ってきた。結果、異常は見られず。しかし「この骨と骨の隙間の部分、見えない部分にヒビが入っているのかもしれないねぇ(すっとぼけ)」とのことだったので、些か辟易した。1ヶ月も経ったあとで「ヒビが入っているかもしれない」だと?

「まあ、あと2週間位様子を見ましょう」と既視感のある答えが返ってきた。医者なんてこんなものかもしれない。多分こちらから「とても痛い」とか、状況をうまく説明しないと医者も対処の仕様がないのであろう。

 

しかしながら、本当に2週間位したら痛みが引いていき、これを書いている今現在(11月26日)、ほぼ痛みが無くなった。

 

右腕を負傷したことはとても災難だったが、治ったから言えることではあるが、この経験は僕にとってとてもプラスになったような気がする。右腕が使えない不便さというものがよく分かったし、ピアノにおける脱力のヒントも得た。何よりこれからは怪我をしないように注意深く生きていこう、という気になった。

 

これからは一日一日をしっかり生きて、ピアノも頑張っていきたい。ブログも久しぶりに書いたのでもっと書いていきたいと思った次第である。

 

読んでいただきありがとうございました!

 

 

大人の男がピアノ発表会でピアノ演奏した話

こんにちは。今回は過去の話です。数年前(成人済みの頃)にピアノ教室に通っていた時期に子供の生徒さんと混じってピアノ発表会に出た時の事を書きたいと思います。

 

目次: 

ピアノ教室に入会するまで

 

20代の頃、僕はある種の諦観に陥っていました。毎日0:00位までサービス残業をして休日は昼の12:00位に起き、朝起きれなかった罪悪感とともに鬱になり、かといって何か行動することも出来ず、それを引きずって憂鬱な月曜の朝を迎えるという悪循環。この時は休日でも仕事の事や将来の事を不安を持って考えていたので、「思いっきり遊ぶ」という概念がありませんでした。今思えば休日にそんな事を考えても現実は変わらないので大変な無駄なのですが、生来要領の悪い自分はそんな生き方が普通だと思っていました。

とにかく憔悴し、言葉にならないフラストレーションが湧き上がり、心のなかで咆哮している自分がいました。

 

このままではいけない、何か趣味を持たなくては…と思いながらふと部屋の隅を見るとホコリをかぶった電子ピアノが!(狭い部屋なのでいつも認識はしていましたが文学的な感じで誇張表現してみたw)学生時代に買って以来あまり弾いていなかったのです。

部屋の中のピアノ

「こいつだ!こいつが僕の人生を救ってくれる!」

そう直感した僕はピアノの練習を再開することにしました。

 

幼い頃、バイエルしか終わらなかった事は以前もブログで書きましたが、この頃はピアノ教室に通わずにチェルニー30番練習曲とバッハのインヴェンション、ピッシュナを買ってきて自分で弾いていました。

しかしながら独学でやっていると指が思うように動かない、そしてそもそも自分の弾き方、音楽の捉え方が本当に正しいものなのか分からない、という問題が出てきました。

なので、「ピアノ教室」に思い切って入会を申し込む事にしました。

正直なところそのような「問題」が自分の中で湧き上がっていたこともピアノ教室の門をたたく理由の一つではありましたが、単純に他人とコミュニケーションを図りたい、自己の承認欲求を満たしたい、という感情の部分もあったと思います。

また、小さい頃は嫌でたまらなかったピアノ教室(母親に自転車に括り付けられて「ピアノなんて女のやるもんだ!」と大声で叫びながら通った事もあった)が、この20代になって何故か少年時代の甘美な記憶として蘇ってきた事も理由の一つです。

 

 

おばあちゃん先生のピアノ教室に入会する

「申し訳ないです。うちはもう定員いっぱいなんですよ〜(ニッコリ)」初めに震える手で電話をしたピアノ教室は若い感じのする女性の声でやんわりと断られてしまいました。

僕はその時に住んでいた周辺のピアノ教室をネットで検索して電話を掛けていたのですが、3件位はそのようにして断られました。これは以前ブログに書いたように多分に「成人男性を警戒する女性ピアノ教師」という構図があったと思われます。もっとも本当に定員に達していて生徒を取ることが出来ない、という状況の教室もあったとは思います(結構入会する季節や時期によっても違います)。

そんな中、「じゃあ、土曜日の15時にいらっしゃい」と言ってくれたのが、これから入会するピアノ教室のおばあちゃん先生でした。

おばあちゃん先生の家は電車で2駅、そこから15分位歩いた場所にありました。決して僕の住まいから近くはないですが、通えない距離ではありません。

おばあちゃん先生は品の良さそうな65歳位の方でした。家に上がるとヤマハアップライトピアノがまず目に飛び込んできました。お茶を出して頂き、小さい頃はどのレヴェルまで弾けたか?今までどのような曲を弾いてきたか?等の質問をされました。

「じゃあ、話をしていても分からないので取り敢えず一曲聞かせてもらいましょうか」

緊張の瞬間です。僕はピアノの椅子の高さを下げて座りました。インベンションの1番をさらってきたのでそれをつっかえつっかえ弾きました。先生は褒めてくれましたが、同時にダメ出しをしてくれました。古典派以前の作品はペダルをあまり使わないので、フレージングが大事(たとえばスラーの終わりはスタッカート気味に切る)、右手の旋律だけでなく左手も歌いなさい、自分の出している音をよく聴きなさい等々。

 

僕は今まで自分がやってきた事が間違いだったことに気づき、目から鱗でした。そんな訳でこのおばあちゃん先生のピアノ教室に入会する事にしたのです。欠点はおばあちゃん先生の家には「アップライトピアノしかない」という事でしたが、当時の自分からしたら生ピアノには違いがなかったので気にしませんでした。月に4回(毎週土曜か日曜)の指導で、5,000円の月謝でした(アップライトピアノしか弾けないのに高い!と思う人もいるかもしれませんが、大手のピアノ教室等は電子ピアノで月謝1万近くとか、そんなところもあるみたいなので相場でしょうか)。

 

発表会に出るまで

 

大人なのに発表会?

僕がピアノ教室に通い始めたのが確か7月位だったと思います。最初の内はインヴェンション、ツェルニー30番ソナチネアルバム1という内容でレッスンしてもらっていました。毎週のレッスンは楽しみでした。今から思えば毎週はキツイのですが、当時は仕事以外であまり人付き合いがなかったのでかなり没頭していました。

そんなある日、おばあちゃん先生が「12月に発表会があるんだけど、全員参加なので出てもらいます」と言いました。

僕は人前に出るのが極端に苦手なので最初は躊躇しましたが、同時に「出てみたい」という気持ちも湧き上がりました。面白いもので人前が嫌いなくせに、承認欲求は強いのです。そのあたりの話は以前のブログを参照して下さい。

 

piano6789.hatenablog.com

 

 

不安な要素は沢山ありました。一つは「子供ばかりの発表会で浮かないか?」という問題。レッスンですれ違う子達の演奏を聴く機会があり、皆堂々と演奏しています。それもレッスン中でも「暗譜」で演奏している子供が沢山いました。大したものです。こんな子供に混じって大人がつっかえながらピアノをステージで弾いている様子は滑稽ではないか?また、発表会では子供のお父さんお母さんが来るはずであるが、多分僕の年齢に近いお父さんお母さんであるはずなので、「大人なのにみっともない」とか思われたりしないか?等々、マイナス思考がループした事もありました。

そんな中、発表会の演奏曲目が決まりました。1曲目は独奏でクレメンティ作曲ソナチネニ長調op.36-6の第一楽章。ちょうどその時に練習していたソナチネアルバム1巻の12番ですね。この曲はyoutubeを検索すると分かりますが小学生がよく弾いている曲です。僕は中学の頃からクラシックのピアノ曲を聴いていたので、ショパンとかリストとか弾きたいなぁ、と思っていたのですが自分のレヴェルを考えると到底無理ですし、先生もこの曲を進めてくれたという事はつまりはそういうレヴェルな訳です。しかし練習しだすとこの曲をうまく表現する事は難しい事が分かりました。どんな曲でも完璧に仕上げるのは難しい、という事がよく分かりました。

 

小学生と連弾もすることに!

2曲めは先生が「A君と組んで『手のひらを太陽に』を連弾で弾いてもらいます」と言われたので些か狼狽しました。A君って誰?先生に聞いてみると小学5年生のすばしっこい、ラグビーをやっている少年だそうです。来週会わせるとの事。

20代の男がまさか小学生と連弾する事になるとは思いもよりませんでした。

 

A君は本当にすばしっこい感じの、一見するとピアノに興味がなさそうな、スポーツ好きな少年でした。イメージとしては夏休みの宿題を忘れてもケロッとした顔で学校に行き、先生に怒られてもケロッとして放課後は校庭でサッカーとかしている活発なタイプです。将来大物になりそうなタイプですね。

A君との連弾の練習は大変面白かったです。というのもA君は楽譜が読めないのです!おばあちゃん先生が音を出していき、それを真似る、という些か変わった練習方法をとっていました。

おばあちゃん先生曰く、「この子は楽譜が読めないけれど、運動神経と記憶力は抜群なのよね。指がとても良く廻るのよ」との事。しかし、A君はいつになってもつっかえます。A君はこの「手のひらを太陽に」という曲を知らないのではないか?と思いました。

 

発表会では全て暗譜と知らされる

一方の僕は楽譜は多少読めたので、連弾練習の時は楽譜を置きながら低い音の伴奏パートを弾いていたのですが、先生が一言、

「あ、発表会では暗譜で弾いてもらいますからね!」

と仰ったので、不安な気持ちになりました。おばあちゃん先生、見た目は温厚そうなのに、言うことは鬼畜すぎる!

独奏のクレメンティソナチネももちろん暗譜で弾いてもらう、との事。僕は元来暗譜が苦手で、「覚える、という事がどういう事なのか分からない」というある種の病気に陥っていました。加えて本番ともなれば緊張で暗譜が吹っ飛んでしまう事も考えられます。大体、子供の頃なら兎も角、大人になってから暗譜をするのはただでさえ記憶力が弱まっている感じがするのに酷な話です。

 

ただ、この暗譜力、記憶力に関しては個人によってかなり見解が違うことが予想されます。僕は今現在、大人のピアノサークルにたまに顔を出していますが、暗譜が得意な人と苦手な人がいます。とりわけ、ピアノを小さい頃にやっていなかった、大人になって始めた人は逆に暗譜が得意な人が多いようです。彼らにその極意を聞いてみると「自然と覚えた」とか、「いちいち楽譜を見ると時間がかかるので覚えてしまった」、「楽譜が読めないから暗譜するしか無い」とか返答があり、まったく羨ましい限りです。ともすると、中途半端に楽譜が読める僕のようなのが一番良くない状態なのかもしれません(で、でもリヒテルも楽譜見ながら演奏していたし…震え声w)。

 

暗譜と表現と指練習を発表会前までに頑張った

暗譜は兎に角、楽譜を隠して弾いてみる、という事に専念しました。あとは音源を聴きながら指の動きをイメージする、逆に音を出さずに電子ピアノで指を運ぶ、という練習もしました。

この時にギーゼキングブゾーニという名ピアニストのエピソードも参考にしました。彼らはピアノに触れること無く、飛行機の中で楽譜を渡されて本番に臨んだり、或いは演奏旅行に楽譜を持っていかない、等の驚異的なエピソードを持っています。何故其のようなことが出来るのか?自分なりに考えてみました。分かったことは彼らは「頭の中で音楽が全て完成出来る」という事です。まったく驚異的な想像力です。

これを真似る事は出来ませんが、僕は楽譜を縮小コピーして、通勤電車の中で出来るだけ見ないようにしながらイメージトレーニングをしました。思い浮かばない部分は楽譜を見て、また隠す、の繰り返しです(受験勉強かよw)。

 

表現に関してはおばあちゃん先生の指摘を参考にしました。ソナタ形式の構造、フレーズの切り方、繰り返される音型の2回目は小さい音にする等、古典派の音楽に共通する認識、マニエリズムをご教授いただきました。しかしながら今にして思えば、暗譜の恐怖感からか、ぎこちない表現になっていたと思います。真実の表現は「自信を持って為されるべき」でしょう。そういった意味で直感的に自分には音楽的才能が無いことは分かっています。でもそれでも音楽を辞める必要などどこにも無いのです。

 

指練習はハノンはやらずに、「ピッシュナ」をやりました。このブログでも度々登場して僕のイチオシの指練習本ですが、基本的な指の独立や、脱力といったものが身につきます。この練習本をやっていると、指が両手で10本あるという事が感覚的に理解できるようになりました。大人からピアノを始めた人にはオススメです。ピッシュナを更に初歩的にしたものに「リトル・ピッシュナ」というものもあります。僕は両方持っています。

 

 ピシュナ 60の練習曲 解説付 (坂井玲子校訂・解説) (Zenーon piano library)

 

発表会1週間前、近くの貸し練習室で合同練習

前述したようにおばあちゃん先生の家にはグランドピアノがありません。なのでおばあちゃん先生が発表会の1週間前くらいに4人位の生徒(僕とA君と成人した男女2人、仮にB君とCさんとします)を連れてグランドピアノのある貸し練習室に行きました。

成人男性のB君はメガネを掛けた真面目そうな東大の大学院に通う秀才でした!なんでもおばあちゃん先生の手に負えず、現在はおばあちゃん先生の紹介でピアニストの先生に師事しているとの事。取り敢えず僕よりは年下ではありますが子供だけの発表会で僕だけが大人の男、という状況は免れました、が、このB君が頗る巧い。彼が発表会で弾く曲はラヴェル作曲の組曲「鏡」から「道化師の朝の歌」という二重グリッサンドや同音連打、暗譜等々どれをとっても難しい超弩級ピアノ曲です。僕は聴いていて同じ部屋にいることが不安になりました。でかい音、堂々とした表現、育ちの良さそうな東大生が変貌する様を複雑な心境で見聴きしていました。

成人女性のCさんは今ではおばあちゃん先生のピアノ教室を辞めて勤めているという事で、僕と一番年齢は近かったです。手はもみじのように小さかったですがなんとショパンのバラード1番ト短調を弾きました。これまた圧倒的な演奏で、僕はこの時点で帰りたくなりました。

そして僕はクレメンティをつっかえながら弾きました。表現なんてあったものではありません。ただ指を運ぶのに精一杯でした。その後、A君と「手のひらを太陽に」を連弾しました。そこで気づいたこと、A君が見違えるくらい巧くなっているのです!

これは数学のグラフで例えると僕の巧くなり方はy=axとすれば、A君の巧くなり方はy=ar^xという等比数列的に伸びているのです。加えてA君は子供なので、僕が間違えると正直に笑ってくれます…。「弾いている時に笑いそうになった!」とか無邪気な顔で言われて僕は大いに凹みました。

子供には無限の可能性がある、という事も知った日でした。そしてその日は帰ってふて寝しました。

 

 

発表会当日|輝けるステージ

発表会は近くのホールを借りて行われました。まず連弾、その次に独奏の順でした。今まで色々な葛藤がありましたが、もうここまできたらまな板の上の鯉、後は野となれ山となれです。僕は開き直っていました。だけれどもお腹は痛かった…。

小さな子どもがドレスを着ておめかしし、足がペダルに届かない状態で一生懸命弾いている姿を見て微笑ましく思いました。会場を見ると殆どが生徒の親御さんで、我が子の晴れ舞台をビデオに収めていました。僕だけが招待する人がいない、という状況でした。まぁ、友達や彼女がいたとしても招待なんかしないと思いますがw。B君やCさんの姿も見かけました。

生徒さんの演奏を聴き進めているとある事に気づきました。皆さん、つっかえたりすることもありますが、堂々と演奏しているのです。小さいながらも「これが自分だ!」と言っている声が聞こえました。その声に僕は感銘を受けました。僕が持ち得ない心性、感覚。それは重要な、これから僕が人生において「掴み取らなくてはならない心性」だと直感しました。そのための場として「発表会」があることも直感しました。20代にして僕の人生は遅まきながらスタートするのだという感覚がありました。

 

発表する順番の3人前になったらステージ裏に行かねばなりません。まずはA君との連弾なので、薄暗いステージの袖に一緒に行きました。そこには先生がおり、明るいステージで弾いている生徒の後ろ姿を見ることが出来ました。緊張のためかドキドキします。幸い最初は連弾なので、A君がいてくれることが心の支えになりました。

アナウンスがかかり、先生に「頑張ってね」と言われてA君と僕は眩しいステージに出ました。アナウンスの内容が「2人はまるで兄弟みたいに演奏します云々」だったので、ステージ上で笑いそうになりました。こんな歳の離れた兄弟いるか?先生も冗談がキツイなぁ…と思い、と同時にそんな事を考えている余裕がある自分にビックリしました。

A君と息を合わせて弾き出します。僕は暗譜が飛ばないように精一杯集中しました。A君は結構食い気味にフレーズを進めていくので合わせるのが大変でしたが、何とかミス無く終わることが出来ました。2人で礼をする前から拍手が沸きました。一安心です。

 

残るは独奏のクレメンティのみとなりました。

今度は一人でステージに立たなくてはなりません。3人前の演奏が終わったので僕はステージ袖に行きました。薄暗い袖から見る明るいステージは何か不思議な感じがしました。バカでかいピアノという、まるでコントロールをするのが難しい物体が輝いて見えました。

ステージ袖には薄暗い空間に様々な機材や、大道具が置かれており、雑多な印象を受けました。対してステージには色とりどりの鉢植えのシクラメンが置かれており、スポットライトが当たり、明るく華やかな印象を受けました。

これからあの輝けるステージに歩いていってピアノの椅子の高さを調整し、ピアノを弾くという事が非日常的でうまくイメージ出来ない感覚でした。僕はとても緊張していました。暗譜は飛ばないか、ミスをしないか?いっそこの場を逃げ出してしまおうか?

と同時に自分の演奏を聴かせたい!あのステージに立ちたい!という欲求もある事に気づきました。アンビバレンツな感情が交錯しているのです。ステージの袖というのはそういう思念が詰まった独特な場所という事がよく分かりました。

 

ステージ上のピアノ

名前が呼ばれて、でかいモンスターのようなピアノのある眩しい光の中に進んでいきました。

 

正直、弾いている最中は何をやっていたのか覚えていませんが、ほとんどミス無く、また暗譜が飛ぶようなこともなく演奏を終えることが出来ました。会場の方々も拍手をしてくれました。僕はステージ袖に捌けて、初めて「終わった〜!」と安堵することが出来ました。

 

 

最後に|発表会が終わって

発表会が終わってから、1ヶ月位して自分の演奏のビデオをもらいました。それを見てみるとA君との連弾では不安そうな僕の顔とは対象的にA君は終始にやけており、こいつは将来大物になるなぁ…と思いました。自分のクレメンティの演奏も危ない箇所があって弾き急ぐところはあったもののまずまずの出来でした。ただ、表現に余裕があるか?と問われると余裕がない演奏でした。もっとどっしりと構えて演奏するにはまだまだ修行が必要に思われました。

その後、3年位はおばあちゃん先生に師事して発表会にも出ていましたが、僕が転職や引っ越しをしたことでピアノ教室を辞めてしまい、その後は発表会等には出る機会がありません。

 

今「発表会に出たいか?」と聞かれると僕は「出たい」と答える自信があります。発表会は苦痛も伴いますが、やはりあの輝けるステージに鎮座するでかいピアノに歩いていき、その光の中で演奏する、という経験は格別なものだからです。周りがたとえ何と言おうとも全てが帳消しになる瞬間というのがあのステージ上には存在します。

来年あたりはピアノサークルの発表会等にも参加してみたい、と思っています。

 

最後にこのブログを読んでいるあなたは「大人でこれからピアノ発表会に出る予定の人」なのかもしれません。或いは「ピアノの先生から『発表会出てよ』と言われて迷っている人」なのかもしれません。いづれにせよ、僕の経験からすると「失敗してもよいから発表会には出たほうが良い」と思います。

それでも「私は引っ込み思案だから…」という人にはウラディミール・ホロヴィッツの名言を紹介します。

さあ!世の中へ出てミステイクをやってきたまえ!でもそれでいいんだ。君のミスだからさ。君自身のミスでなければならない。君の音楽で何かを言ってきたまえ。何でもいいのさ、“これが君だ”という何かをね

 

 

 

オチのない話でしたが、読んでいただきありがとうございました!