ミヤガワ日記

ピアノや読書を中心に、日々の気になったことを書いていきます

田舎を歩いてヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」を思い出した話

 

ゴールデンウィークのある晴れた日に、僕は東京を離れ田舎の村でくつろいでいた。しかし僕には友人がいないので何もする事がない。アラフォーになった今では知人もみな結婚し家庭を持ち、個々の生活を優先する、そのような状況にはあるもののそういった理由で会えないというわけではない。僕の場合大学入学の時点で一人の殻に籠もり田舎の友人とはほぼ縁を切り疎遠になっていたので、田舎に帰ってもこれといって遊びに行ったりする間柄の友人は皆無なのである。かといってゴールデンウィークに東京のアパートに一人でいるのもつまらない(東京にだって友達はいないのだ)。少なくとも帰郷すれば両親には会える訳だし…ともかくそんな消極的な理由で田舎に帰ってきた。

 

午前中、取り敢えず裏庭に出てみると青空が広がっており、田植えが終わった田んぼと代掻きされた田んぼが半々位見える。上ってきた太陽が代掻きが終わった水面を照らしている。奥の方には山があり、さらに奥にも山がある。山ばかりだ。

 

東京では考えられないくらい静かで、農作業を行うトラックの音が遠くから聞こえる。あとは近所の犬が時折吠える声とニワトリの鳴く声、トンビの鳴く声が時々聞こえる。昨晩は夜の1時ぐらいに「コケコッコゥ」と聞こえたので、やはりニワトリは鳥頭であり、お馬鹿なのだろう。僕と同じである。

 

これといってやることも無かったので、取り敢えず農道を歩いてみる。道端に色々な種類の野草が生えている。紫色の小さな花は何というのだろう?田舎に育ったにも関わらず、花の名前や植物の名前に疎い。

 

枯れたヨモギが所々にあったので、手にとって丸めてみた。ある程度集めて、何度も手の中で圧を加えながら揉んでいると黒い枯れた葉の部分はボロボロと手から落ちていき白い繊維状のものだけが残って、「お灸」が出来るはずだ。僕はお灸を作りながら農道を歩いた。野良仕事をしていたどこかのばあさんが手を止めて腰を上げ、反り返ってほっかむりの中から不審そうにこちらをじっと見る。人の少ない村では、東京などよりもかなりこちらの一挙一動を観察される。彼らの楽しみの一つに「ドコドコの誰々が何をした」といったような噂話が挙げられる。そういった意味で人は希少価値があるのだ。ばあさんは呆けた顔で何か言いたげだったが、僕は目を伏せて足早に通り過ぎた。

「カサッ」

僕はびっくりする。農道の端っこのアスファルトと若い青葉の間にある、枯れ草辺りから音がした。そして「あぁ、これはトカゲだな」とやっと気づく。僕の足音に警戒してトカゲが逃げた時に発するそのような音は、小さい頃に何度も聞いているはずだったが、東京での長い暮らしはそのような記憶を脳の奥に追いやってしまい、ちょっとした物音でも酷く自分を驚愕させた。音の大きさ自体は東京を走る救急車やサイレンよりもずっと小さいにも関わらず。

 

しばらく行くと村で一番大きな川に出る。大きいと言ってもせいぜい川幅は10メートル位か?昔はこの川でよくアマゴやイワナを釣った。一時期は川の水量が少なくなって勢いがなかったが、最近では水量も豊富でよく流れている。

水流の音をBGMに川沿いの道をどんどんと川上に向かって歩いて行く。毛虫が道を横断する。時折ぶんっという音とともにクマバチが横切る。クマバチは安心して良い。彼らは平和的である。モンシロチョウが流麗な軌跡で飛んでいる。

僕はスミナガシという蝶と、クジャクチョウが好きだ。スミナガシは黒色ではなくどこか淫靡な群青がかった翅を持っている。雑木林を颯爽と飛ぶ。クジャクチョウはその翅に描かれた絶妙な色合いの完璧な模様と後ろ翅に生えているモフモフした毛が好きだ。何かとても可愛らしい蝶である。でもまだ彼らを見るには時期が早すぎるようだった。

 

ふと、高校生の頃に現代文で習ったヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」という小説を思い出す。あの小説を読んで僕は主人公に共感したが、よく考えてみれば主人公はクジャクヤママユを盗んだのだ。もし、盗まれたほう(エーミール)が主人公として小説を書いていたら、と思うと僕は同じジャッジをしたのであろうか?

 

川と道の横にちょっとした雑木林があり、その横に所々墓地が見える。小さい頃の夏にこの辺りでカブトムシを取った。たまにミヤマクワガタノコギリクワガタもいた。クヌギの木があるのだ。しかし夏にクヌギの木の周辺をうろつくのは危ない。蜜を吸いにくるスズメバチが沢山いるのだ。スミナガシやオオムラサキコムラサキを見たのも夏のこの雑木林であった。クヌギの木も今の季節は昆虫のレストランにはなっておらず、若い葉を巡らせ清新な木漏れ日を湛えていた。

 

この墓地も所有者の一人が土地をはみ出して大きく立派な墓石を置いてしまい、奥にある墓石の所有者が墓までの山路が通れなくなったとの事でもっか家庭裁判所で裁判中との噂である。田舎には「さかい」の問題が結構多い。古い家を壊す際など、やれあの桜の木まではうちの土地だったという主張や、いやいや桜は元々うちの庭にあったものだから当然うちの土地だよという主張もあり、そんな事で近所で派閥ができたりする。

世間では戦争反対というが、こんな過疎の村でさえ境界を巡って諍いが起きているのであるから、これはもう人間の利己的な部分だとか欲といった部分を修正しない限り(しかも全人類が一斉に)戦争なんてなくならないのであろう。しかしながら、そのような人間の持っている、必要不可欠で持たざるをえない攻撃性が昇華されて現代の文明が出来たことも事実であろう。

僕はその立派な墓地の前まで行き、手の中にあるヨモギのお灸の半分をお墓に供えた。そして注意深く立派なお墓の横を通り、奥にあるお墓にもう半分供えた。無論、この墓達は僕の親戚などではないが。

 

日が上ってきて汗ばんできた。川上にいけば青い色をした綺麗なダム湖が見渡せるが、東京の平坦な道に慣れた僕はもうそのような気分にはなれず、ゆっくりと引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【小旅行記2】茨城県の鹿島神宮を夜に参拝する

訳あって一ヶ月以上更新出来なかった(それどころかほとんどネットをしていませんでした)ですが(汗)、ブログ更新を再開したいと思います。
前回(4月1日)千葉県の佐原に行った帰りに茨城県鹿島神宮を観光しましたのでその感想を書きたいと思います。

前回の記事↓

 

piano6789.hatenablog.com

 

利根川の下流は広大な平野が広がる

 

佐原を電車で出たのが17時少し過ぎでした。鹿島線の電車の中でふと思ったこと、

鹿島神宮は果たして夕方(夜)でも入れるのか?」

心配に思ったのでその場で携帯で検索してみたら夜でも入ることができるとの事。

柵や門が無いので24時間いつでも参拝できます。ただしお守りを売っているところやご祈祷をするところは開いていないとの事でした。詳しくは鹿島神宮のサイト内「よくあるご質問」等を見て下さい。

鹿島神宮 | 常陸国一之宮

 

電車から見える景色は、成田から佐原周辺のいわゆる「山的な風景」と一変して、今度は「広大な平野」という感じでした。鉄道が高架になっています。

霞ヶ浦と北浦

例えば上図のような川?湖?沼?的な地形を横切って鉄道が走っているので、必然的に高架にならざるを得ない感じですね。

 

googlemapの鹿嶋市

 google mapにて確認すると、なるほど、霞ヶ浦と北浦の下流を横断していく鉄道路線です。

(ちなみに佐原は香取市に、鹿島神宮鹿嶋市にあります)

30分位で鹿島神宮駅に着きました。

 

 

鹿島神宮は堂々とした、益荒男振り(ますらおぶり)な神社 

 

 

鹿島神宮駅

思ったより田舎でした。駅前にはコンビニも無かったように思います。

 

 

鹿島神宮表参道

駅を降りると正面に坂道があるので、上っていきます。途中道の右側に塚原卜伝(戦国時代の剣豪)の像がありました。この坂道を道なりに行き、左に曲がると鹿島神宮の表参道になります。駅から近いですね。

 

 

 

鹿島神宮大鳥居

大鳥居が見えてきました。

 

 

鹿島神宮大鳥居2

とても立派な鳥居です。

 

 

境内の案内図

境内の案内図です。

 

 

楼門

重要文化財の楼門です。

 

 

本殿の拝殿

拝殿です。この後に登場する奥の宮の社殿も同じ向きですが、参道が「西から東」に向けて敷かれているのに対して、拝殿は「北向き」になります。つまり、拝殿は参道を入ってから右向け右をして拝まなくてはならないのです。

通常の神社であれば、参道と拝殿の方向というのは一致する(参道を真っ直ぐに行った所に拝殿がある)のですが、この神社は違うので注意が必要です。

一説には鹿島神宮は建立当時、北からの蝦夷を見張るために北向きになったという話がありますが、それならば参道を「北から南」に敷設すれば良いとも思いました。謎です。

建築的にもとても面白い配置だと思いました。

僕は予備知識がない状態でこの神社に行ったので、神社によく合祀されてある「オマケ的な拝殿(失礼!)」の一つかと思ってしまいました(そのためあまり良い写真が撮れませんでした汗)。行かれる方は注意して拝み忘れのないように!

ちなみに楼門近くの拝殿(本殿)はご祭神のタケミカヅチノミコトという神様の和魂(にぎみたま)を祀ってあるそうです。和魂というのは神様の持つ平和的な側面とのこと。

 

 

鹿島神宮参道

拝殿を右手に見ながら、奥の宮、要石に続く参道を見る。いかにも神社らしい雰囲気です。

途中左手に鹿を飼っている場所がありましたが、この時既に18時位でしたので暗くて写真を撮れませんでした。

 

 

鹿島神宮奥の宮

奥宮に着きました。日も暮れて薄暗い中で撮影したので、なんかおどろおどろしい、荘厳で力強い雰囲気がします。僕は宗教は信じていませんが、それでも空気感が凄いですね。

奥宮は先ほどのご祭神(タケミカヅチノミコト)の荒魂(アラミタマ)を祀っているとのことです。荒魂とは神様の持つ荒々しい側面とのこと。

建築的、都市計画的とでもいいますか、そのような側面から感じたのは和魂を祀る本殿を木々があまり無い、比較的に日光の届く明るい場所に配置して、荒魂を祀る奥の宮を文字通り鬱蒼と茂る神社の森のなかに配置するのは絶妙な効果だと思いました。

 

 

鹿島神宮奥の宮2

僕がこの奥の宮で感じたことは、「鹿島神宮は益荒男振り(ますらおぶり)の神社である」という事です。

益荒男振りとは、「男性的で勇壮な歌風、その様」対して手弱女振り(たおやめぶり)とは「女性的で優美な歌風その様」と定義されていますが、僕はこれは所謂西洋で言うところの「ディオニュソス的」と「アポロン的」の関係に当たると思っています。

今まで色々な神社に行きましたが、この鹿島神宮、特にこの奥の宮にきたらそのような何か非常に力強い荒々しさを感じました。

多分、本来このような神社は思いつきで行くものでは無いのでしょう。しっかり行くと決めて準備をしていったほうが良いと思います。

 

 

鹿島神宮要石

ちなみに奥の宮の更に奥に、「要石」というものがあります(上の写真)。これは地震を抑えているとの事。ちなみに、行った後で調べたのですが佐原の近くの「香取神宮」にも要石があり、この「鹿島神宮」と「香取神宮」はセットで参拝したほうが良いとのこと。

 

 

ナマズを踏みつけるタケミカヅチ

地震を起こすとされるナマズタケミカヅチノミコトが踏みつけてくれています。

 

 

鹿島神宮のおみくじ

やったー!おみくじで大吉でした!!

社務所はやっていませんでしたが、おみくじは100円をいれれば自由に取れます。

今回は夜で行けませんでしたが、鹿島神宮にはこの他にも御手洗池という湧き水があるらしいので、そこで禊をするのもよいかもしれません。 

 

佐原も鹿島神宮も東京から日帰りで行くことができるので、あなたも行ってみてはいかがでしょうか?

僕はまた改めて鹿島神宮香取神宮に参拝に行きたいです。

神社は朝早くに行ったほうが良い、と聞いたので次回は朝早くに東京を出たいと思います(本当は朝早く出たのですがA先輩の遅刻がなければ…)。

 

おまけ|ガールズアンドパンツァーのラッピング電車がいた!

ガールズアンドパンツァーのラッピング電車

鹿島神宮駅に戻ると、帰りの電車の反対方向、水戸方面に行く電車が痛車でした(笑)

ガルパンは大洗だけでなく茨城県全体、ファンが応援してくれている。本当に感謝だ」

だそうです。

 

 

 

 

【小旅行記1】千葉県にある水郷の佐原は「サハラ」ではなく「さわら」と読む

2017年4月1日土曜日、あいにくの天気でしたが水郷と伊能忠敬で有名な千葉県の右上辺り(適当)にある佐原という町に行ってきました!小旅行記です。

 

サハラに行こう!

月曜日の夜に例によって旅好きなA先輩からいきなり電話がかかってきて、

A先輩:「ミヤガワ、今度の土曜日サハラ行かね?」

僕:「サハラ??」

僕は思いました。A先輩は旅好きがこうじてついにサハラ砂漠に行こうとしているのだと。しかもぶらっと今週の週末に…。

なので僕は冗談のつもりで「お、おう…」と返答しました。

A先輩:「じゃあ、津田沼駅辺り集合で、詳しいことはまた連絡するわ」

僕:…。

津田沼駅?なるほど、成田空港から遠くない事も無い、しかし海外に行くのにそんな簡単な調子でよいのか?持ち物は?航空券は?A先輩は旅慣れしているし、海外に行くのにもこんな調子なのかもしれない…。

まぁ、そんな僕の様子を察してかA先輩:「サハラだよ、千葉県のサ・ハ・ラ!」

千葉県?千葉県にサハラがあるのか?と瞬時に思った僕でしたが、ここは僕も負けじと「ああ、サ・ハ・ラですね。千葉県の、いい所ですよね〜ハハハ!」とあたかも知っていたかのような態度で返答しました。

 

電話を切り終えた後、googleで「サハラ、千葉県」と入力して検索してみました。サジェストワードで「佐原」という文字が出てきました。「おお、ここか!ここがサハラか!」川を中心に、古い街並みが広がっている美しい日本の風景画像を掲載したサイトがいくつかありました。伊能忠敬の旧宅もあり、記念館もあるとの事。読み進めていく内に佐原(さわら)と書いてある箇所がありました。

この時点で僕(とA先輩)の間違いに気づきました。千葉県のこの場所は「サハラ」ではなく「さわら」と読むのです!地元の住民の皆様、ネタにしてすみませんでした!

 

 

A先輩1時間半の遅刻&天気が悪い

さて、金曜日の夜になってもA先輩からは連絡がきません。僕もラインで「明日は何時に集合しますか?天気悪そうですよ」なんて打っていましたが、既読がつかずに音信不通。

冷たい雨の降る土曜日当日の朝7:30位に「じゃあ、津田沼駅12:00集合でよろしく!」とやっとラインの返信が返ってきました。

僕は東京の西側に住んでいるので、東側の津田沼津田沼って千葉県なんですね)まで行くのに1時間半ほどかかります。雨の中乗り気ではなかったのですが電車を乗り継ぎ津田沼駅に12:00少し前につきました。この時点で「今、津田沼駅くんだりに着きました」とA先輩にラインを送りました、が既読がつかない。嫌な予感しかしないのですが、電話しても案の定出ない。

さては?A先輩は寝ているのでは?と思いましたが、ふいに今日は「エイプリルフール」であったことに気づき、そういうことか!と思いました。しかしA先輩がそんな手の込んだ嘘をつくとも思えないので、仕方なくエキナカのカフェでコーヒーを飲んで連絡を待つことに。僕も人間なのでこんな冷たい雨の中、遠く電車を乗り継いで来た千葉県の津田沼であてもなくコーヒーを飲んでいる事に苛立ってきました。とそんな時にA先輩から電話があり「ミヤガワごめん、寝坊した、すぐ行く」との事。やれやれと思いながら待っていたら13:30位になってA先輩が到着しました。ゴラァという感じです。

 

酒々井は「ささい」ではなく「しすい」と読む

その後総武本線で千葉に行き、成田方面の電車に乗り換えました。僕の心情を察してか、千葉駅の乗り換えでA先輩が缶コーヒーを奢ってくれたので僕は一瞬にしてA先輩を許しました(げんきんな奴)。

成田方面行きの電車は空いていました。まるで田舎のローカル線のようでした。車窓から見える風景も長閑で、田んぼの向こう側に森があるといった典型的な日本の田舎風景でした。蓋し、千葉県というのは東京ディズニーランドとかあるにも関わらず、内部は意外と田舎ですね。ここは長野県、といわれても違いに気づかないかもしれません。

途中の駅に酒々井というものがありましたが、「しすい」と読む事を車掌のアナウンスで知りました。そのまま読んだら「ささい」と読むところでした。千葉県にはこういったひっかけ問題的な地名が多いような気がしました(単に僕に教養がないだけかも笑)。

成田駅で佐原行きの電車に乗り換えました。この電車から見える景色も自然の中という感じで、東京から近いのにもかかわらず自然を満喫したい人はこの辺りの駅で降りてみるのも面白いのかな、と思いました。

 

 

 

佐原は鄙びた千葉の田舎町(褒めている)

 

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佐原に15時過ぎに着くと、A先輩が「青春18きっぷがあるから、これを使おう」といって、何と、僕とA先輩のここまでの電車の運賃がタダになりました。詳しいことは分かりませんが、旅慣れしているA先輩は期間限定の青春18きっぷを事前に購入しており、5回位使用できるとの事ですが、そのうちの1回分で同乗者の分も適用されるとの事。つまりはA先輩は僕の電車の運賃を立て替えてくれた事になります。A先輩は寝坊はしましたが素晴らしい聖人君子です!← 

 

佐原駅を出ると、雨は止んでいました。駅前は程よい田舎という感じの町。南口を出て左に曲がり、鄙びた商店や、古いビルに入ったカメラ屋を見ながら更に左に曲がると線路が見えるので、右に曲がり線路沿いの道を直進すると、水郷の里の風景が見えてきました。

 

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天気が悪いためか、あまり観光客はいませんでした。小野川沿いの道を上流に向かって歩いていきます。江戸時代は水運を利用して「江戸優り(えどまさり)」と言われるほど栄えていたとのこと。

 

 

 

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土蔵造りの家が目立ちます。これは旧正文堂書店さん。土蔵造りの家は去年富山県高岡市でも見ました。力強い建物ですね。

 

 

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中村屋商店さん。正面の交差した道路に沿った変形した敷地であるために、母屋の角の柱を五角形にしているとの事。こういう建築は面白いですね。外部的な要因で建築の構造や部材すらも変更することになるのですが、そのような事から技術というのは発達していきます。
僕はこの建物を見て、日本の近代建築の東孝光の設計した「塔の家」を思い出しました(塔の家は青山キラー通りにある6坪5階建ての狭小住宅。1966年に建てられた。道に建物を切り取られたかのような狭い敷地に建つコンクリートの塊は狭小住宅のはしりと言われている)。

 

 

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伊能忠敬旧宅を川越しに見る

 

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全国を測量して地図を作った伊能忠敬の旧宅に入る事が出来ました。生家ではなく旧宅としているのは、伊能忠敬は生まれは現在の九十九里で、婿養子に伊能家に入ったからです。つまりサザエさんのマスオさんみたいなものでしょうか?

 

 

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伊能忠敬が使ったものと同じ測量器が展示されています。後に行く伊能忠敬記念館にも同じものが展示されていました。

 

 

 

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商家の作りで、増築したような跡が見られます。こういう「斜めに継ぎ足し」みたいな建築の部分に興味をそそられます。

 

 

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庭には用水路が流れています。面しているのは上座敷ですね。
店舗部分は伊能忠敬が養子にくる以前からあり、この上座敷等の増築部分は伊能忠敬が造ったとの事。

 

 

 

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庭の奥には土蔵がありました。この土蔵は所謂観音開きが普及する以前に作られたもので、引き戸仕様になっており貴重なものだそうです。

 

 

伊能忠敬旧宅を出て、小野川の上流まで川に沿って歩いていきます。

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小野川上流のほうには休憩所もありました。また、道なりに日本家屋を利用した瀟洒なレストラン等もありました。

 

 

 

伊能忠敬旧宅から川を挟んで伊能忠敬記念館があります。入場料大人500円との事で、支払いをして入ってみました。開館時間は午前9時から午後4時30分との事で、なんとか間に合いました。

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館内は撮影禁止だったのですが、とても見応えがありました。伊能忠敬は先ほど書いた通り「マスオさん」だったわけですが、若い頃は佐原の名主を努め、酒造業等の商業を手広く行っていたとの事。

江戸で天文方(江戸幕府によって設置された天体運行および暦の研究機関)の高橋至時に師事してなんと50歳を過ぎてから(びっくり!!)本格的に全国の測量を行ったとの事。当時は平均寿命も短かったので、隠居してからの偉業という事になります。これは衝撃でした。

僕はカーネル・サンダースが60歳を過ぎてケンタッキーを作った事を知っていましたが、この伊能忠敬も同じく凄い人だと思いました。僕も「アラフォーだから…歳だから…」と言い訳してなんでも諦めている場合ではありません。かなり勇気とやる気をもらいました。いつだってやれる!と思って行動に移すことが大事!!

記念館の館内には現在の日本地図と伊能忠敬作成の日本地図を重ねて表示する展示がありましたが、多少経度のズレはあるものの、見事なものでした。

地図を始めとする貴重な史料、地図作成に使われた道具、伊能忠敬にまつわる様々な史料が展示されており、地図が好きな人はとても楽しめると思います。もっとゆっくり見て回りたかったです。A先輩は館内にある日本地図の木製パズルで遊んでおりました。

 

佐原の街を徘徊して駅前のセブンイレブンに戻ってきました。17時位でしたが、A先輩が青春18きっぷを目一杯使いたいためか「これから鹿島神宮に行こう」と言い出しました。僕は電車運賃がタダになるし、茨城自体にあまり行ったことがないし、明日は日曜日で休みなのでまぁいいか、と思いました。まったく行き当たりばったりの聖人君子です←

 

〜続く〜

 

 

 

タッチの良いおすすめな電子ピアノを比較(ヤマハ、カワイ、ローランド、カシオ)動画あり

おすすめのタッチの良い電子ピアノを試奏動画とともにまとめたいと思います。対象としたのは、ヤマハ、カワイ、ローランド、カシオの日本の誇る4大電子ピアノメーカーの電子ピアノです(コルグは動画を撮ることが出来なかったので除外)。

 

 

はじめに|そもそも電子ピアノで上達するのか?

電子ピアノと生ピアノは違う楽器である

小さい頃の僕の実家にヤマハアップライトピアノがありました。アップライトピアノとは生ピアノの一種で、弦を縦型に貼っている、コンパクトな生ピアノ(アコースティックピアノ)です。スペースを取らないので、多くの家庭にもあるピアノです。↓こういうやつですね。

アップライトピアノ

 

 

 

これに対して、生ピアノ(アコースティックピアノ)の一種であるグランドピアノは弦を横に貼っており、ピアニストが演奏会を開く時は通常このピアノが使用されます。ホールとかで発表会にも使われますし、学校の体育館とか講堂にも置いてあることが多いでしょう。↓こういうやつ。

 

グランドピアノ

 

さて、現在の僕ですが、実家から離れてしまったためにピアノがありません。その代わりに電子ピアノがあります(ローランドのDP-990という10年近く前に購入したもので、当時20万円位した)。

正直な話をすると、僕はグランドピアノが欲しいです。お金を貯めて是非とも買いたいです。というのも、電子ピアノで練習していて、たまにグランドピアノのあるスタジオ等でグランドピアノを弾くと、その演奏の落差に絶望するからです。音の鳴りぐらい、鍵盤を押さえた時の感触(タッチ)、微妙なニュアンスの表現方法、弾くことの喜び、全てが違う楽器のように感じます

 

いくら日本の電子ピアノの製作技術が発展しているとはいえ、
電子ピアノとは「生ピアノ」とは違う「楽器」である事を認識すべきです。

ですので、制約がない人は電子ピアノではなく、グランドピアノやアップライトピアノ等の生ピアノを是非とも買うべきです。

 

 

 

ピアニストの反田恭平氏の実家には電子ピアノしかなかった!

グランドピアノが欲しい…そんな事を常々思っていた折に、昨年のTBSのテレビ番組「情熱大陸」で反田恭平というピアニストが取り上げられていました。クラシックのピアニストでモスクワ音楽院に留学もしていた、現在話題沸騰中の新進気鋭のピアニストです。2012年、高校在学中に日本音楽コンクール第一位に輝き、数々の賞も受賞されているという時点で、本格的なクラシックのピアニストといってよいでしょう。

その反田恭平氏モスクワ音楽院留学中のアパートにあったのはいかにも安い電子ピアノであったこと、そして僕が何よりも驚いたのは反田恭平氏の日本の自宅には電子ピアノしか無かったことです。

反田氏が「電子ピアノしかないんですよ、でもヘッドホンとか録音とか使えたりするんでよかったですよ」などと仰っていました。

電子ピアノといっても、アップライトピアノと同じ機構のハンマーと弦を持った電子音が出る電子ピアノであるようにその時のテレビ映像からは推測出来ましたが、僕はクラシックのピアニストというものは小さい頃からグランドピアノで練習しているという固定観念があったので本当に驚嘆しました。

もちろん反田恭平氏も外でレッスンする時はグランドピアノを使っていたでしょう。でなければ日本音コンで一位を取ることは無理です(小説の世界ならば可能ですが)。

 

このような例は実はまだ他にもあり、電子ピアノではないものの、ショパンコンクールで優勝したラファウ・ブレハッチは浜コン優勝までアップライトピアノしか自宅に無かったと聞きますし、フランスのピアニスト、アレクサンドル・タローはそもそも自宅にピアノが無い、弾きたくなった時は友人の家に行く、とかのたまわっておりますし、ポップスピアニストであるレ・フレールの兄弟の家にはこれまた電子ピアノしか無かったらしいです。これまたショパンコンクールで優勝したダン・タイ・ソンベトナム戦争中捕虜になった時に紙鍵盤で練習した、という逸話もあります(これは状況がちょっと違うか)。

 

蓋し、このような人々は元々かなりの音楽的才能があり、生ピアノ(グランドピアノ)を弾いていない時でも頭の中だけで指を運び、音を正確に鳴らせることができるのでしょう。繊細で微妙なニュアンスさえも想像することが出来る稀有な人々です。

余談ですが実際このような「想像だけで練習する」という事は経験上とても重要であるように思えます(ピアノを弾く想像をするだけで、ピアノを実際に弾いている時と同じ脳の領域を使っている、という研究もあります)。練習の一環として取り入れてみるのも良いでしょう。

 

 

電子ピアノでも使いようによっては上達する

このような例から、僕は「自分が電子ピアノで上達できないのは言い訳である」と結論付けました。もちろん、ピアノ教師の人や、本格的にピアノをやっている人の99%位はこの意見に異論を唱えるでしょう。僕も長年グランドピアノ、せめてアップライトピアノ等の生ピアノでなくてはダメだと思っていましたし、今でもグランドピアノがあれば弾きたいです。グランドピアノとそれが入る家が欲しいです。誰か僕にグランドピアノを下さい(笑)。

 

しかしながら、日本の住宅事情や個々人の経済力を考えた時に、生ピアノは必ずしも最良の選択とは言えません。ピアノ殺人事件なんてのもあったように、現在の日本においてグランドピアノを都心部等で所有するにはそれなりの防音の効いた広い住宅が必要ですし、何より経済力が必要です。

そこで、安価でヘッドホン等で消音も出来る、調律も不要な電子ピアノを買う、という選択肢が生まれるのです。

これから電子ピアノを購入する予定のあなたは、まず電子ピアノと生ピアノは別物であることを認識して、家では電子ピアノで練習し、音楽教室や、スタジオで定期的にグランドピアノを触る事を条件に検討すべきです。生ピアノを一切触らない、といった状況は極力避けるべきです。

そうすれば、生ピアノの感触を記憶することにより、電子ピアノで練習しても一定の上達が望めると僕は思います。

特にこれからピアノを始めてみよう、という人、初心者は途中で飽きる可能性もありますので、安価な電子ピアノがオススメです(もちろん、経済的余裕があれば生ピアノに越したことはありませんが)。

 

 

電子ピアノ

 

 

電子ピアノを選ぶ上で最も重要な点

これらの事を踏まえると、電子ピアノを選ぶ上で重要な点は「いかにグランドピアノと似ているものを選ぶか」という事がお分かりになるかと思います。 

以下に重要な点を列挙します。

鍵盤が88鍵あるか?

これは基本的な事ですが、重要です。本物の生ピアノは88鍵鍵盤があります。電子ピアノを選ぶ時には88鍵の鍵盤があるものを選択すべきです。

もっともポップスや、ロック等のバンドで所謂「キーボード」として扱うのならば、61鍵とかでも良いのかもしれません。これらのキーボードは移調機能が付いているはずですので、音域もカバー出来るはずです。また作曲のみに使うという方も88鍵は必要ないかもしれません。

しかし、ある程度本格的にクラシック、ジャズ等のピアノをやっていくのであったら、88鍵の鍵盤は必須です。例え、88鍵の鍵盤を使う曲を弾かない!という人でも「88鍵の鍵盤の幅、所謂ピアノの幅」を体感的に知っておくべきです。そうでないと、いきなり生ピアノを弾いた時に混乱します。「どこが真ん中のドだっけ?」という具合に。

 

電子ピアノのタッチ(弾いた感触)が生ピアノと近い事

これは重要です。僕の考えでは一番重要なのではないか?という要素です。

というのも以前僕はピアノ教室の発表会に出たことがあるのですが、自分の家の電子ピアノで完璧に弾けた!と思って発表会でグランドピアノを弾いたら音が鳴らなかったり、逆に大きな音が出たりと、全くグランドピアノをコントロール出来なかった過去があるからです。

この問題は結構奥が深くて面白いのですが、「普段からグランドピアノで練習しているプロですら、初めて逢ったグランドピアノをコントロール出来ない事すらある」ようです(ですので、プロの演奏家の場合、リハーサルの時間を十分に取る)。

余談ですが、プロの中には完璧主義者のような人もいて、いつでもどこでも最良の音楽を聴かせるために「マイピアノを持ち歩く」人もいます。古くはホロヴィッツミケランジェリ、近年ですとポリーニツィメルマン等です。いずれもプロの中でもトップクラスの超一流ピアニストですが(これらの人々は専属の調律師まで同行させることが多い)。

 

このようにピアノのタッチとは非常に繊細で、考慮すべき問題なのです。生ピアノの間にも個体差がありますが、では生ピアノに弾いた感触が近い電子ピアノとはどのようなものでしょうか?

実はこればかりは弾いてみないと分からない部分ではあります。電子ピアノメーカ各社とも色々な手法でグランドピアノのタッチ感を再現しようとしていますが、あえて要点をまとめると

  • 鍵盤自体の重みが適当か?

グランドピアノ等の生ピアノは低音から高音にいくに従って鍵盤が軽くなります。鍵盤自体の適度な重みと、この機構が再現されているか?

 

  •  弱く弾いた時のクリック感があるか?

グランドピアノを弾いたことのある人ならば分かると思いますが、弱く弾いた時に、鍵盤を押し込む途中で「カクッ」とした抵抗を感じるかと思います(エスケープメント)。ここまで再現できていれば、他の機構も再現できている可能性が高いです。

 

  • トリル、連打が卒なく出来るか?

トリルというのは高速で「ドレドレドレドレ…」と指をうごかす動作です。連打とは「ミミミミミ…」と、文字通り一つの鍵盤を連打することです。これが可能になるためには鍵盤を打鍵してからの鍵盤の戻りが速くないと出来ません。電子ピアノを選ぶ上での一つの指標となるでしょう。

 

  • そもそも触感はどうか?

古くはピアノの白鍵には象牙が使われていました。黒鍵は黒壇ですね。今はワシントン条約により象牙はNGなので、グランドピアノでも白鍵はそれに似せたものをつかっています。汗による滑りを防止するような素材だと良いです。

 

電子ピアノの音自体が生ピアノと近い事

実は上記の鍵盤のタッチとも切り離して考えるべきではないのですが、音楽をやっている以上、出てくる音は重要です。臨場感のあるスピーカーも重要ですが、グランドピアノの音を一つづつ電子的に録音(サンプリング)して再現するという技術もあるので、そういったものを選ぶと良いでしょう。音量、音の歯切れのよさ、レガートの伸び等、タッチと合ったものを選ぶべきです。

 

 

 

 

 

実際に弾いてみた感想と動画

ここからは実際に電子ピアノを弾いてみた感想と動画です。

比較のためにまずは生ピアノ(ヤマハのグランドピアノから)

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この上がって下がる音型を基本にしました(約20秒)。腕前は置いておいて…。

  • 以下は近くの家電量販店で人のほとんどいない時に店員さんに断りを入れて録画しました。
  • 音量は適当ですが、音源は各メーカーの一番聴いて欲しいであろう音、つまり電源を入れた時に一番最初にデフォルトで設定されている音にしています。
  • iPhone6を横にして電子ピアノの端に載せて録画したので、雑音が入っています。ご了承下さい。
  • ここで挙げた電子ピアノは中位機種(10万〜20万)のものを選んでいます。この価格帯から鍵盤のタッチや、音が良くなります。各社が一番力をいれている価格帯であろうと思います。

 

カシオ(AP700BK)

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CASIO AP700BK(オープン価格、某家電量販店での価格税込み175,170円)

まずは音が良いです。最近老舗ピアノメーカーのベヒシュタインとタッグを組んでいるカシオだけあって、低音が重厚な響きがします。デフォルトで設定されているのはベルリングランドという、ベヒシュタインのグランドピアノの音。この他にもハンブルクグランド、ウィーングランド等、スタインウェイベーゼンドルファーを模した音も設定できます。このあたりは、自社で生ピアノを作っていないメーカーの強みではありますね。

しかし、僕が弾いた限りでは気になる点がありました。それは「鍵盤の重みが低音と高音でさして変わらない」という部分です。あったとしても少しだけ。ですので、本物のグランドピアノのタッチとは違うという事です。これは少し問題がありますね。

カシオには下位機種は5万円位からあるので、入門用にはこのあたりもオススメです。ただし下位機種はグランドピアノとは違う楽器であることを認識すべきです。 

 

 

ローランド(DP603-CBS) 

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Roland DP603-CBS(オープン価格、某家電量販店での価格税込み167,400円)

僕が現在持っている10年前のローランドと比べても格段に進歩している感じはしました。特徴としては特に低音部分が柔らかい音が出ることでしょうか?タッチも悪くないです。バネを使っておらず、自然な鍵盤の返りがあります。

ローランドは生ピアノを作っていないメーカーにも関わらず、かなりグランドピアノに近いものを作りますね。そのあたりは素晴らしいと思います。

ただ、スタインウェイのような金属製の雷のような低音が個人的に好きなので、そういった音が好きな人には向いていないかもしれません。音色の明るさを調整できますが。あと躯体はコンパクトなので、省スペース向きですね。スリムでスタイリッシュな外観です。

 

 

ヤマハ(CLP−535WA)

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YAMAHA CLP-535WA(メーカー希望小売価格178,200円、某家電量販店での価格税込み145,470円)

良くも悪くもヤマハの生ピアノの音がします。安定しています。こちらもバネを使っておらず、自然な鍵盤の重みが実現できています。これより上位機種ではもっと丁寧に鍵盤の重みを再現しているとの事。

しかしながら私見なのですが、弾いていて面白みが無い、と思いました。これは安定性につながるので良いことなのですが、白米のイメージですかね。おかずが無い感じ。ヤマハの生ピアノにも言えることですが、毎日コツコツ練習するのには向いているかな?という感じです。

 

 

カワイ(CA17R)

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KAWAI CA17R (メーカー希望小売価格226,800円、某家電量販店での価格税込み181,900円)

今回弾いていて、タッチと音の繋がり、タッチそのものの良さを感じたのはこのカワイの電子ピアノです。木製鍵盤を採用し、本物のグランドピアノと同じシーソー式(てこの原理)を見事に組み込んでいます。低音から高音まで個々の鍵盤の重さも申し分ないです。

私見ですが、いつまでも弾いていたい、と思わせる電子ピアノでした。一番グランドピアノに近いかも。しかしながら、今回の比較では値段が一番高いです。値段が高ければ良い鍵盤のアクションや良い音が出る事、グランドピアノに近づくことは自明の理ですので、そもそも今回の比較においてこの電子ピアノを同じ価格帯で括ることはフェアではありませんでした…。また、カワイのピアノの音自体が好きでない人はオススメできません。

しかしながら、今回の比較でタッチと音が一番グランドピアノに近い事は明確です。

 

 

 

 

おまけ カワイ下位機種(LS1)

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KAWAI LS1(メーカー希望小売価格183,600円、某家電量販店での価格税込み126,790円)

おまけにカワイの下位機種です。鍵盤の幅が細くないか?と弾いていて思いました。僕がよく行くスタジオに置いてあるカワイのグランドピアノでもたまに思うのですが、鍵盤の幅がヤマハに比べて小さいものがあり、弾いた時にその違いにびっくりする事があります(追記:実際には鍵盤の幅は同じだそうです。錯覚かもしれませんがそのように感じるのは鍵盤と鍵盤の間にある隙間が大きいためかもしれません)。

このあたりは慣れでしょう。こちらは木製鍵盤ではないので、多少弾きにくい印象もありました。ボディがスタイリッシュで、こちらも省スペースですね。

 

 

 

 

 

 

 

独断ランキング

以上より、グランドピアノに似たタッチと音を考慮して僕が買うことを想像してランキングした結果がこちら(あくまでも私見です!)

  1. カワイ上位機種
  2. ヤマハ
  3. ローランド
  4. カシオ
  5. カワイ下位機種

やはりカワイのCA17Rに関しては値段が高いだけあってかなりしっかりとグランドピアノのタッチと音を追求しています。木製鍵盤のタッチも本当に自然でした。しかしながら、カワイに関しては値段が高いといういささかフェアではない要素が含まれていることをご承知おき下さい。

【配送/組立設置料込み】KAWAI / カワイ 電子ピアノ 木製鍵盤 CA17R (プレミアムローズウッド調仕上げ) 

ヤマハに関してはもっと上位機種を試奏すれば違った感想が出てくるかもしれません。10万円後半の機種を試奏した訳ですが、20万円前半から鍵盤のアクションや作り方が変わるとのことです。日本にある生ピアノは大半がヤマハなので、ヤマハの電子ピアノで練習する事は理にかなっています。

ローランドは僕も既に所有しているのでご贔屓だったはずですが、持っていてこんな事をいうのもなんですが、音が柔らかいですね。僕はもっとホロヴィッツのピアノのような爆音系が好きです。しかしながら、落ち着いた曲を弾くには良いですね。

カシオの音に関する並々ならぬ追求はびっくりしました。しかしながら普段から練習すること、グランドピアノでの演奏を意識して練習する際にはカシオの鍵盤機構は物足りない気がします。

 

今回は「タッチ」と「音」を主に評価対象としてランキングしましたが、他にも電子ピアノ自体の重さ、コンパクトさ、特殊機能(音色を変える、鍵盤の重みを変える、録音、電子機器との接続、レッスン機能…etc)、打鍵音(周りに響く雑音)、故障のしにくさ等々、色々な尺度があるかと思います。

それを考慮するとランキングができなくなるので、今回は外しましたがいづれまたきちんとしたランキングを作成したいと思っています。

 

読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

卒業合唱ソングベスト3(独断)のピアノ伴奏をアラフォーのオッさんが弾いてみた(旅立ちの日にもあるよ)

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卒業シーズンですね。この頃になると去りゆく人々や、お別れする人々の事が気になり、妙に感傷的になってしまいます。喪失感を感じている人もいらっしゃるでしょう。

と同時に4月から始まる新生活への期待と不安。色々な感情が入り混じり、爽やかだけれども、冷たかったり暖かかったり花粉やホコリを含んでいる春風のような感情ですね。

 

本日は卒業式の合唱でよく歌われる人気の卒業ソングのピアノ伴奏を一気に3曲、アラフォーのオッサンである僕が弾いてみた時の、動画公開と感想を綴りたいと思います。

(動画は先日の月曜日の仕事帰りに某ピアノスタジオで1時間ピアノを借りて3曲録画しました。品質は…アレですが、卒業する人々の事を思い、一生懸命弾きましたよ!)

勝手に独断的に年代別からベスト3を選んでいるので、あしからず。

 

おっさん世代代表:蛍の光

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蛍の光を弾いてみた感想

ほぼ初見で弾きました。楽譜は無かったので、ネットからスコットランド民謡の原曲を拾いました。細かい拍の音符が弾けていないですね。というより初見すぎて手がこれからどこに動くのか?定まっていない感じです。止まりそうになりましたがミスタッチでなんとかとどまりました😁

でも改めて弾いてみると(聴いてみると)結構良い曲でした。しみじみとした佇まいがありますね。原曲がスコットランド民謡という事で所謂「今っぽさ」は無いですが、単純なフレーズが心に染み渡ります。 

 

僕の思い出

おっさん世代代表の曲としたのは、アラフォーの僕が小学生の頃に卒業式にて歌った曲だからです。20〜30年前という事になりますね。

この曲の歌詞に「蛍の光 窓の雪〜」とありますが、このような小さな光の中でも苦労して勉強したという事でしょう(蛍雪の功という)。

確かに僕も結構雪の多い所に住んでいたので、大雪が積もった日の夜、外に出ると少し明るかったことを思い出します。

 

小学校の卒業式と言えば在校生と卒業生の声掛けみたいなの?ですよね。

生徒A「楽しかった修学旅行!」

他の生徒全員「修学旅行!」みたいな。アレのために何度か卒業式の練習をしたことを思い出しました。

僕の小学校は、全員がそのまま田舎の村立中学校に行くという感じでしたので、小学校であまり「お別れ」的な気分は感じませんでしたが、それでも先生方と別れることや、小学校の校舎と別れることに関して、卒業式のあとのホームルームのような時間に泣いてしまった記憶があります。

 

ちなみに、僕の両親世代は「仰げば尊し」を歌ったと言っていました。老人世代代表(失礼かな?)は仰げば尊しですね。

 

 

ちょっとおっさん世代代表:大地讃頌

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大地讃頌を弾いてみた感想

この曲は中学生〜高校生ぐらいに弾いたことがあり(といっても人前ではなく、自分で勝手に練習した、という事)、久々に弾きました。まず、右手の和音が掴みきれないという事ですね。素速く手を移動させて和音を次々に繋げていくので、手の形を覚えるのに結構時間がかかります。

最後の方で止まりそうになりました。危ない危ない!そのためリズムが狂いましたが本当の合唱伴奏だったら後で皆から白い目で見られそうですね。

この曲を弾いてみて感じたことは、以外にも左手の重要性ですね。特に中間部は左手で旋律を作っていきます。後ほど出てくる「旅立ちの日に」も同じですが、合唱曲の伴奏において、右手はジャンジャンジャンと繰り返す音型になっている時、伴奏者は左手で表現しなくてはならない、と思いました。

かなり堅牢で質実剛健な曲な気がします。「旅立ちの日に」と比較しても重厚な感じがしますね。 

  

僕の思い出

中学生の卒業式で歌った曲です。当時この手の壮大な合唱曲と言えば「河口」という曲と、この大地讃頌でした。僕は村立の中学校に通っており、校舎は古い木造だったのですが僕が中学3年の時に古い校舎の隣に新しい校舎が出来、古い校舎が取り壊されるのを横で眺めていました。あの時の何ともいえない喪失感が蘇ってきます。

また小学校の頃とは違って、友達とはそれぞれ通う高校が違うという要素が加わりました。こういうような「別れ」を経験して人は大人になっていくのだなぁ。と思い出しました。

小さい頃は、例えばいとこが遊びに来た時のお別れの際、いつも泣いていました。別れるのが辛かったし、寂しかったからです。しかし、そのような別れの感情を乗り越えることも大人になる上で必要である事をこの中学あたりで知ったような気がします。

 

  

 

おっさんなりかけ世代代表:旅立ちの日に

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旅立ちの日にを弾いてみた感想

この曲はピアノの独奏部分が美しいです。しかしその独奏部分の同じ部分で3回繰り返してミスタッチしています。楽譜を見ながら弾いたのですが、手のほうが間違って覚えてしまいました。こういう部分でのツメが甘いのがオッサンのオッサンたる所以ですね(そんな事はない、卒なくうまく弾くオッサンは世の中に沢山いる…)。

先ほども記載しましたが、左手のバスラインを意識して弾くことがとても重要だと思いました。間奏や、ピアノが独奏になる部分は弱い音で、右手の旋律を浮き立たせるように弾くべきだとも思いました。強弱はつけることが出来たと思いますが、ピウ・モッソ(少し速く)を完全に無視してしまいました。

 

先に出てきた「蛍の光」や「大地讃頌」と比べて「現代的」な感じがします。といってもクラシックの世界の現代音楽とは違って、ポップス寄りという感じがします。正直練習していて好きになった曲でした。

 

僕の思い出

この曲には思い出がありません。というのもアラフォーのオッサンにとって、この曲は「新しい曲」なのです。

ウィキペディアを見ると、「1998年頃までに全国の学校で歌われるようになった」とありますが、この時に僕は大学生でした。残念!

しかしながら、この曲は弾けば弾くほど、また聴けば聴くほど良い曲に思えてきました。例え若くなくても、今思えばとびっきり色鮮やかであった若き青春の日々の数々の思い出が蘇ってくるようです。 

 

 

 

総評〜若者に告ぐ

今回、卒業ソングベスト3という事で、年代別に「蛍の光」「大地讃頌」「旅立ちの日に」のピアノ伴奏を弾いてみましたが、どれも良い曲でした。と同時に、過去の様々な思い出が蘇ってきました。中には思い出したくも無い事もありますが、歳を取るに従ってそのような過去も「あれはあれで良かったな」と思えるようになりつつある自分がいます。

今、どん底で悩んでいる若い人もいるかと思いますが、40ズラ下げたオッサンが恥も外聞も無く、黒歴史製造機であるブログでポエムを語ったり、youtubeにミスタッチだらけのピアノ伴奏を上げているのを見て、「人生は何とかなる」と元気を出してもらえれば幸いです。

 

以上、読んでいただきありがとうございました。

 

↓今回使用した楽譜(蛍の光は含まれていませんが、他にも学生時代を思い出す合唱曲が70曲程度含まれております)結構オススメです。

 

 

 

 

 

大人の場面緘黙症は治るのか?人見知りとの違いは?

この間、日テレの世界仰天ニュースを見ていて、場面緘黙症が取り上げられていたので、飲み会などで一言も話せない僕も思うところがあり記事にしました。

 

場面緘黙症とは

場面緘黙は、ある特定の場面でだけ全く話せなくなってしまう現象である。子供が自宅では家族らと問題なく会話をしていても、学校や幼稚園など家の外では全く、あるいはそれほど話さず、誰とも話さないという例は多い。そして、その子供は非常に内気な様子に見え、グループでの活動に入りたがらなかったりする。たいていの場合、発話以外の、表情や動作やその他のやり方であれば、人とコミュニケーションを取ることができる。また、脳機能そのものに問題があるわけではなく、行動面や学習面などでも問題を持たない。また、強い不安により体が思うように動かせなくなる緘動(かんどう)という症状が出る場合もある。

単なる人見知りや恥ずかしがり屋との大きな違いは、症状が大変強く、何年たっても自然には症状が改善せずに長く続く場合があるという点である。

 

 

場面緘黙症 - Wikipedia

 

人見知りとは違うのか?

wikipediaによると、上記のように人見知りや恥ずかしがり屋とは違う、と書いてあります。また、僕が見た「世界仰天ニュース」では人見知りとの違いについて、「人見知りは最初の内は相手に不安を感じて話せないが、慣れれば話せるようになる」との事。対して場面緘黙症の場合、ある特定の場面で話せなくなるとの事。

私見ですが、場面緘黙症の場合は「ある場面で人見知りがずっと続いている」というイメージでしょうか?

 

発症率はどのくらい?

wikipediaによると、「現状ではあまり明確になっていない」と記載がありますが、世界仰天ニュースによると、元の出典は不明ですが0.15%の割合で存在するとの事。

私見ですがこの数字はそれほど大きくないと思いました。ただ、普段生活をしていて「人見知り」の人も場面緘黙症のイメージで見てしまっているので、そのように感じるのでしょう(人見知りも含めたら日本人の半分位は人見知りになってしまいそうですからね笑)。

 

子供だけ発症するのか?

wikipedia、世界仰天ニュースによると2〜5歳の間に発症する、との事。その後の追跡調査はあまりエビデンスが無いようで、発症した子供が大人になってからどうなるのか?という事が分かりません。

私見ですが(というより僕のことですが)、場面緘黙症はほうっておくと大人になっても治りません。下記に僕自身の症状を述べますが、「スイッチが入る」と全然話せなくなります。

小さいお子さんがこのような症状で悩んでいる親御さんは、早期にお子さんに治療を施す事を進めます。

 

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自分の症状

自分の子供の頃の症状、二重人格ではないかと悩んだこともある

僕の子供時代ですが、小学校の授業中の記憶が驚くほどありません(だから現在こんなアホなのか!というツッコミは無しで)。というのも、ほとんど一言も話さなかったからです。手を挙げて発言することもなく、半径1メートル位の小さな世界で生きていたような気がします。授業中に当てられたらどうしよう?といつも不安でした。先生からも通知表に「授業中に発言しろ」みたいな主旨の事を書かれました。

ところが、「人見知り」だったか?というとそういう訳でもなく、多少は人見知りではあったものの、休み時間は元気に一輪車に乗ったり、友達と鬼ごっこをしたりと、普通に話すことが出来ました。

何故授業中だけ押し黙っていたか?先生が嫌いだったという事もありますが、その場面の雰囲気で「話さない事を決めていた」と分析します。僕の中では大人になった今でも一貫して「話さないことを決めている、選択している場面」があるのです。

余談ですがそんな自分を先生はよく見ていたのか、通知表には先ほどの続きがあり「芯が強い」という記載もありました。

 

中学生になって僕は自分の内気な性格を変えよう!と努力しました。授業中でも積極的に発言をするようになりました。「人前で注目される事」これはなかなかのストレスでしたが、友達も沢山出来、ある意味人生で一番のリア充時代だったような気がします。
なんと文化祭で「私の主張」というステージに立って自分の主張を3分位スピーチする機会もこなしましたし、合唱コンクールのピアノ伴奏もこなしました。

 

しかしながら中学で頑張ってしまったため高校は地元の進学校に通うことになりました。ここで僕は「元の木阿弥」になります。またもや授業中に発言する事はできませんでした。周りの人が皆優秀に見えて、怖気づいたという事もありますが、元来の緘黙症の症状が出たのだと思います。

僕は音楽をやっていたので、合唱コンクールのクラス実行委員になりました。毎回クラスの人の前で「合唱をやるので放課後○○に集まって下さい((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」と発言するのさえ苦痛でした。発言している最中は視野が狭くなり、鼓動が早くなるのを感じました。またもや「半径1メートルで生きている自分」を感じました。

ところが、仲の良い友達とは普通に話せるのです。例えば1:1で話す時は僕は大声を出して笑う事さえあったのです。そこらへんにいる高校生と変わりない感じでした。

ただ、カラオケは全然ダメでした。今でもカラオケでは絶対に歌いたくありません。自分の声に、一挙一動に注目される、という事がどうしても受け入れられないのです。その場を支配する人間になりたくないのです。

この事は以前のエントリ

 

piano6789.hatenablog.com

 でも触れました。大好きな音楽をやるにしても、大勢の前だと萎縮します。

 

 

ただ、思春期になるとこんな自分を客観的にメタ認知する能力がついてきます。ここで悩んだのは「自分は親に対する態度、友人A君に対する態度、授業中の態度全てが違う、二重人格ではないのか?」という事。一時期真剣に悩みました。自分は人によって態度を変える最低の人間だと思い詰めたこともあります。

そしてこの問題は解決しないまま大人になってしまいました。

 

 

大人になってから現在の症状

東京の大学に入ってからも似たような症状が出ていました。僕の大学の校舎にはすり鉢状の大きな教室が2つあったのですが、そこに入るのにはとても勇気がいりました。これが場面緘黙症と関係があるのか?という気がしてきましたが、とにかく注目されるのが嫌という、ある種の自意識過剰な状態だったと思います。誰も自分の事なんて見ていないのに。

 

大人になって就職してからは、飲み会が全然ダメです。全然話すことが出来ません。このあたりから人の話を聞いているフリというか、人の機嫌を損ねないように相槌を打つようにしたり、いつも笑みを絶やさないようにしたりする処世術を身に着けました。

以前勤めていた会社は社員が6名位のシステム運用会社でした。月に2回位帰社日という日があり、それぞれの現場に出ている社員が集まって会議とその後飲み会を行うのですが、5年位その会社にいて、会議でも飲み会でも僕が全然話さないので社長に「お前が話さないから何考えているか分かんねえよ。話せ!」と何度も怒られました。

それでも話せないのです。

社長の友人からは「お前は精神薄弱者だから」などと言われる始末でした。

しかし、僕は彼らの事を嫌っていた訳ではありません。飲み会等の場面になると自分自身でも不思議と「押し黙る」事を選択してしまうのです。飲み会などでは自分に対するお説教もよくありましたが、反論することも出来ず、終わってみるとただ心の中に諦観が積もっていくという感じでした。

 

さて、一言で飲み会といっても、本当に少数の(2〜3人)の友人同士の飲み会では僕は寧ろ饒舌に喋る位でした。彼らから見れば僕は「ふざけた奴」と写っていると思います。自分でもその変わり身の速さに驚愕しますが、やはり二重人格なのでしょうか?

多分場面緘黙症を患っている人はこの二重人格的な自分に、自分自身も気づいているはずです。

多分ですが、その時の「つかみ」みたいなものが重要で、最初に話す事が当たり前だと思っていれば、自然と場面緘黙症のスイッチは入りません。

 

余談ですが、以前の会社の社長に連れられて渋谷のスナックに行ったことがあります。はっきりいってこんな所に好き好んで来る人が僕は信じられないです。僕の嫌いなカラオケがあり、見ず知らずの女性と話をしなくてはいけないなんて僕にとっては拷問でした。

しかしその様子を見たスナックのママが言った一言が今でも鮮やかに蘇ります。社長が「こいつ喋らなくてつまらないでしょう?」と言うと、

「ミヤガワさんは2人だけで耳元でささやくタイプなんだよ」と。

 

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話をしないことによる弊害

「コミュニケーション」という言葉が僕は嫌いです。というのも、近年就職でも転職でも馬鹿の一つ覚えみたいに「コミュニケーション能力のある人求む」みたいに喧伝するので、僕のような場面緘黙症の人間や、人見知りの人間、コミュ障の人間が相対的に価値のない人間とみなされるフシがあるからです。

コミュニケーションという言葉が嫌い、と書きましたが、正確に言うと「コミュニケーションという言葉が嫌いな自分自身が嫌い」ですね。深層心理では僕は「コミュニケーション能力が高い人間になりたい」と思っています。

確かにコミュニケーションが出来ないと仕事を円滑に進める事は出来ません。僕も仕事中は頑張って「報告・連絡・相談」を欠かさないようにしていますが、それでもリーダーになるような器はないなぁ、と思っています。

 

コミュニケーションは何も「話すこと」に限定されませんが、コミュニケーションツールの中で一番重要なのはやはり「話すこと」であることは否定出来ないでしょう。

大人の場面緘黙症の人間はこの「話すこと」や「話す機会」を失っていることを厳粛に受け止めるべきです。というのも僕はアラフォーですが、人と話をする機会があまり無いことで記憶力や、認知能力、論理的思考力が一般の人より劣っているような気がするのです。

咄嗟に言葉が出てこない、話をし始めるが自分が何を言っているか分からない、言葉を瞬時に頭の中で組み立てるのが難しい、といった症状が出ています。

もちろん、これは場面緘黙症の人間全てに言えることでは無いと思われます。僕自信の能力が元々低いという可能性もありますが、話す機会を損失していることは事実です。

僕も小さな頃は他人の話を聞いて、それに対していつかは話そうと思って頭の中で「自分はこのように思う」とか「こう考える」というイメージを持っていました。

それがいつの頃からか「どうせ自分は話さないのだから、自分の意見を持っても無駄」と諦めと共に思うようになり、自分の意見や考え、思いを言語化しないで生きるようになりました。

結果として、「自分自身のアイデンティティの無い空虚な人間、いつも自信がなく世間に訴えかける事が出来ない人間」になっていました。

 

緘黙症は治るかどうか分からないが、ブログを書こう

僕はブログを始めた理由として、過去のエントリ

 

piano6789.hatenablog.com

 

を見ていただけると分かりますが、一番はお金が目的でした。

しかしながら「ブログを書く」という行為がかなりの脳トレになっていることに最近気づきました。僕の場合、自分の伝えたいことを引き出すまでにかなりの時間がかかります。このブログも4時間ぐらいかけて書いています。

ああでもないこうでもない、あれ、ここの文章おかしくね?などと思いながら書いています。僕の場合、やはり普段人と話さないので文章を書くのに咄嗟に言葉が出てきません。しかしブログを書くことで普段人と話さない事のデメリットを補っているとも言えます。

場面緘黙症だからか、先天的に言語能力が低いからなのか分かりませんが、自分の場合言語による表現を避けていた、或いは軽んじていた部分があります。なので、十代、二十代は言語以外のノンバーバルコミュニケーションであるピアノ演奏や、建築の設計、絵を描く等の手段で自分の欲求を満たしていました(大学も建築学科でした)。

しかし、「思考を言葉にする」という作業が一番心が落ち着く事に気づきました。私見ですが思考を言語化するという行為は思考そのものを整理する行為であり、自分自身の心の安定をもたらします。

 

という訳で、大人の場面緘黙症は治るか分からないけれども、話す機会を損失している人間はブログを書くことがオススメです。

 

最後にまとめ

  • 大人の場面緘黙症は治るかどうか分からない、一般的には「慣れる」事が大事と言われている症状だが、いつまでたっても改善しないことがある。
  • どうしても話せない場合、相槌を打ったり、笑みを浮かべたりして他人に興味が有ることを示そう。
  • 私見だが、飲み会や会議では「つかみ」が大事。一旦話すことが当たり前になると、その場面では場面緘黙症のスイッチは入らない。
  • 私見だが場面緘黙症の人は話す機会を損失している事が多いと思うので、ブログを書く事や、読書をして思考を言語化することを意識的に行い、人と話す事によって得られる効果と同様の効果を意識的に作り出すことが重要。

 

読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

春の表参道でイッセイミヤケの香水をつけた女性に逢った話

嗅覚というのはとても不思議なもので、ある「匂い」を嗅いだ瞬間、およそ失われていたと思っていた記憶の断片を瞬時に呼び起こす。そして直後にマドレーヌを思い出す。ああ、それはマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」のマドレーヌの事だったと。嗅覚によって想起される過去の思い出、これを「プルースト効果」と言ったなぁなどと。

 

女性社員Aの香水は?

いつものように満員電車でモミクチャにされながら、会社に向かう。席についてパソコンを起動していると、斜向かいの席に座っている若い女性社員Aが「おはようございます!」と出勤してくる。

この女性社員Aはいつも席につくと、携帯を取り出しおそらくは彼氏からのメールをチェックしてから、おもむろに「ムーミン」の柄の付いた布製のカバーをつけた、おおよそ500mlペットボトル大の「飲み物」を取り出す。布製のカバーをつけているから、中身はいったい何の飲み物かは不明なのだ。飲み物であることは分かる。何故なら、仕事中に彼女がよくキャップを開けて静かに口に含んでいるからだ。

女性社員Aはその「飲み物」をまるでワインを熟成させるかのように、机の上にそっと寝かす。立たせるのではなく寝かすのだ。その仕草が僕にとってツボで、僕は密かに「この女性が飲んでいるのは魔法の水なのではないか?寝かせることによってその養分を引き締め、コクを出しているのではないか?」などと思っていた。

僕は人と話すことがあまり得意ではないので、そんな「ムーミン柄の布で覆われた謎の飲み物」について長らく質問できずにいた。

そんな折、女性社員Aと立ち話をする機会があった。昼休みにエレベーターが来るのを待っている時に「ミヤガワさんはいつもサンドイッチだけでお腹が空かないんですか?」と質問されたときの事だ。

僕は「いやぁ、たくさん食べると午後眠くなっちゃうし。お腹は常に空かせておくくらいの方がいいんだよ」と言った。

実際僕はサーチュイン遺伝子が活性化する事を願い(常に腹八分目くらいにしておくと、常に若くいることができる、という研究結果がある)、食事はいつも腹八分目ならぬ、「腹七分目程度」を心がけている。それ以外にも理由があって、たくさん食べると頭が働かなくなる、眠くなる、そもそも歳を取るとたくさん食べることが出来ない、等が挙げられる。

「よく持ちますね、私なんかいつも間食しているのに」とエレベーターに乗り込んで話す。

「あの、謎の飲み物は何?」と僕は聞いてみた。

「謎の飲み物?」

「あのムーミンの布で隠れたやつ」

彼女は弾けたように明るい顔をして、「謎でもなんでもないですよ。あれは給湯室で入れた冷水をあの中に入れているんです。」

「なんだ、そうか。てっきり謎の飲み物かと思った。隠しているからさ」

「あはは」

僕は女性の持っているデリカシーみたいなものを感じた。つまりはこうだ。僕のような野郎であったら、天然水のペットボトルを何度も使いまわすのを他人に見られても恥ずかしくはない。例えば、その日に飲んだペットボトルの空き容器を会社の机に置いておき、次の日の朝に洗って給湯室の水を入れる、という芸当だってできる。

しかし女性がそれをやったらどうなるか?ちょっと「不潔」と思われてしまうかもしれない。例えペットボトルをよく洗っていたとしてもだ。

だから、そのような行為自体を「ムーミンの布」で隠すのだ。

彼女はそういった人間の機微を感じ取ることが出来る、よく出来た女性だと思った。

 

そして、エレベーターを降りる瞬間、前を歩く女性社員Aから「いい匂い」がした。その瞬間僕は「イッセイミヤケの香水だ」と気づいた。ウリ科の植物のような、清新でフレッシュな匂い、大人の女性が纏うのに最も適した、甘くもありながら気品に満ちたそれでいてさりげない匂い。

 

イッセイミヤケの香水は瞬時に5年前の春に表参道で出会った女性を僕に想起させた。僕はこのために女性社員Aに「なぜ、ペットボトルを寝かせるのか?」という第二の質問をききそびれてしまった。

 

L'EAU D'ISSEY

 

春の表参道の歯医者でよい香りのする女性に出会った

5年前、僕は表参道に住んでいた。しかも家賃5万で1LDK。嘘かと思うかもしれないが本当である。その頃の僕はとある小さなシステム請負会社に勤めており、その会社の社長が表参道に代々土地を持って住んでいた。その社長のご厚意で、社長の住んでいるビルの一室を貸してもらえる事になった(ただし、僕の部屋は一ヶ月に2回は各々の現場に勤務している社員7名が集まって社内会議を開く場所となった。また下の階には社長夫妻が住んでいるのでいつ出くわすか、気が気でなかった)。

表参道にはおよそ僕の生活レヴェルとは相容れない様々な店があった。数々のきらびやかでオシャレなお店があり、とてもじゃないけれど一人では入ることは出来ない。美容室に行くのも勇気がいった。表参道や原宿あたりには腕のよい美容師がいて、そこに通う客というのもまたオシャレな人間であろう事は容易に想像がついた。

また食費もバカにならなかった。近くにピーコックストアがあったが、明らかに郊外のピーコックストアよりも値段が高かった。ましてや紀伊国屋などは足を踏み入れることすらはばかられた。

当時の僕は仕事も半人前で安月給、かつスーツは量販店の安物、革靴は8,000円くらいの安物、休みの日の服装はユニクロといった具合で、このような人間が表参道に住むという事はなかなかに違和感があった。

 

そんなある晴れた春の日、急に僕は歯が痛くなった。ネットで近くの歯科を検索して近くに歯医者がある事を確認した。流石に表参道といえども歯医者は保険内の治療ならば高くはないであろうなどと思いながら、銀行の近くにある歯医者に駆け込んだ。

受付を済ませて、待合室で待っている時に、かすかによい香りがした。隣に座っている若い女性の匂いだった。

20代後半くらいだろうか?目鼻立ちのはっきりしたとても美しく、品性が感じられる女性だった。着ているものも落ち着いた雰囲気で僕は一瞬で好感を持った。彼女が受付に呼ばれて立つ時の姿勢、特に肩のあたりがまるでバレリーナのように凛として洗練されていた。

僕はこの女性がどのようなバックグラウンドであるか?妄想してみた。

多分彼女はこの表参道、南青山界隈に住んでおり、昼間は一流の大企業で働き、夜は自分の時間を大切にする、例えば読書をするとか、クラシック音楽を聴くとか。休日は近くの有名なバレエ教室でバレエを練習する。そしてたまには表参道のブティックで質の良い化粧品やら、趣味の良い洋服やらを買いに出かける。そして今日は定期的に歯のクリーニングをしてもらいに来ている(ちなみに虫歯は一本もない)。

僕がそんな妄想をするくらいに、僕と違って彼女は「表参道という街に合っている」感じがした。と同時に彼女が纏わっている香水は一体どこのメーカーのものだろうか?という疑問が湧いてきた。

僕がそんな事を、つまりは香水のメーカーがどこのものか?などと考えることは初めての事だった。ただ、その彼女の姿やいでたちから、表参道=彼女の纏っていた香水のイメージの図式が成り立っていた。

 

この日から僕は自分のファッションに多少気を使うようになった。美容室も恥ずかしい思いを我慢して、なるべく評判の良い表参道の美容室に行くことにした。スーツは細身のものを新たに買った。革靴はせめて3万円はするものを新調した。

僕も彼女のように表参道に溶け込みたかったのだ。

 

彼女の纏っていたのはイッセイミヤケの香水だった事に気づく

僕が表参道に溶け込む努力をしている内に、辿り着いたのがイッセイミヤケだ。表参道のA4出口を出ると、左側に根津美術館に通じる道があるが、この路面にイッセイミヤケの店舗が数店ある。ISSEY MIYAKEISSEY MIYAKE MEN、PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE、BAO BAO ISSEY MIYAKE、132 5. ISSEY MIYAKEなどなど。

僕はこのISSEY MIYAKE MENで時計を買ってから(過去記事参照)、イッセイミヤケに興味が湧いてきた。そんな折、ふらっと132 5. ISSEY MIYAKEに立ち寄った。「折り紙」のような前衛的な服を作っている店舗で、基本的には女性モノが多い。だから入るのにはとても勇気がいった。入ってみると店員さんも女性ばかりだった。ビクビクしながら店内を廻っていると、

「何かお探しですか?」

マルサの女のような髪型をした、美大卒みたいな感じのいかにも「服飾系」のイメージのする店員の女性が話しかけてきた。と同時に、

あの時の歯医者であの女性が纏っていたモノと同じ香りが微かにした。

その時に分かった。あれはイッセイミヤケの香水であった事を。

その日以来、イッセイミヤケの香水のイメージは表参道のイメージが僕の中で強固に定着し、同時に落ち着いた大人の女性のイメージとなった。

 

 

L'EAU D'ISSEY(ロードゥ イッセイ)香水の特徴

女性用はL'EAU D'ISSEY(ロードゥ イッセイ)と名前がつく。容器の形は基本円錐形。

(ちなみに男性用はL'EAU D'ISSEY POUR HOMME(ロードゥ イッセイ プールオム)と名前がつく。容器の形は四角柱。)

ロードゥイッセイとは「イッセイの水」という意味。

僕がこの匂いを嗅いだ限りで言うと、上記のような、なんとも言えない大人の女性の魅力が凝縮されているように感じました。と同時に自己主張は控えめで落ち着いた、まるでその名の通り水のイメージ。

加えて個人的には「表参道」とか「南青山」といった、少しシックで余裕のある大人の街のイメージです。このあたりは僕の記憶と強烈に結びついているものがありますね。

以下香水専門店ベルモより引用、

この香水の登場が、その後の香水界を大きく飛翔させるきっかけとなった。

オゾンノートというジャンルを確立し香水の可能性を広げた、天才調香師ジャックキャバリエの最高傑作にして、香水の一つの到達点。

革新を湛えた イッセイの水。香りもボトルも洗練を極め、文句のつけようのないフレグランスです。メロンやスイカの香りにも似ているオゾンノート。

トップからミドルはスイレンシクラメンフリージア、ローズウォーター、カーネーション、白ユリなどが、春先の森林にたたずむような安らぎと清廉を与えてくれます。

ラストはオスマンティス、ムスク、チュベローズ、アンバーなどが、官能の中に、優しさ、穏やかさを加えたロマンティックな甘さで、あなたをフワリと幻想の世界へ誘います。円錐のボトルも香りと調和していて素晴らしい。マライア・キャリーも愛用。必ずストックしておきたいマストアイテムです。

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村上春樹4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」収録