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ミヤガワ日記

ピアノや読書を中心に、日々の気になったことを書いていきます

「題名のない音楽会」に出演した森下唯氏と福間洸太朗氏のピアノ演奏を聴いて

音楽

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以前のエントリ「NHK-FM きらクラ!に森下唯さんとピアニート公爵が出演した感想」で、森下唯さんと生き別れの弟であるピアニート公爵の弾くアルカンの「鉄道」について書いた訳ですが、本日(2017/01/15)のテレビ朝日の「題名のない音楽会」に森下唯さんと福間洸太朗さんが出演して素晴らしいピアノの超絶技巧を聴かせてくれたので、その感想を書きたいと思います。

目次

 「題名のない音楽会」この日のプログラム「難しいピアノ曲を弾く音楽家たち」

  • ♪1:「チョップスティックス ハンガリー狂詩曲風」より

    編曲: 萩森英明
    ピアノ連弾: 福間洸太朗 / 森下唯

  • ♪2:「火の鳥」より『凶悪の踊り』

    作曲: I.ストラヴィンスキー
    編曲: G.アゴスティ
    ピアノ: 福間洸太朗

  • ♪3:練習曲「鉄道」

    作曲: C.V.アルカン
    ピアノ: 森下唯

  • ♪4:「イスラメイ」(東洋的幻想曲)

    作曲: M.A.バラキレフ
    ピアノ: 福間洸太朗

(以上、題名のない音楽会公式ウェブサイトより引用)

 

まず「難しいピアノ曲を弾く音楽家たち」という副題の付け方が素晴らしい。いかにも僕のような「難しい曲は弾けないが難しい曲に憧れを持っている自称ピアノ弾き」が視聴したくなってしまう内容ではないか!

また、難しいピアノ曲は得てして「演奏効果が高い、聴衆を熱狂させる」ようなタイプの曲が多いので、一般のクラシックを聴かない層にも浸透すれば良いなぁ、と思って見ていました。

 

森下唯さんの演奏は以前のエントリにも書いた通り、生演奏は聴いたことが無いですが、ニコニコ動画や、ピアニート公爵名義のCDでその演奏に触れていたので、その超絶技巧っぷり、ヴィルトゥオーゾ全開の演奏を期待していました。

 

福間洸太朗さんに関しては2009年に与野にある「さいたま芸術劇場」で生演奏を聴いた覚えがあるのですが、端正な演奏だった事は覚えているのですが、曲目は失念しました。おぼろげながら今回のプログラムにある「イスラメイ」を弾いたような気がします。

ただ、その時感じた僕の主観的な感想の記憶は強く残っていて、それは名前に「洸」という美しい文字があったから。当時帰りの電車でプログラムを見ながら思ったことは「この、洸という文字通り、まるで綺麗な水を通ってきた光のイメージの演奏だったなぁ」という事です。

洸という字のイメージ

(「洸」という文字で勝手に↑のような映像を想像した)

 

こんな感じで、両者の演奏をかなり楽しみにしていました。

以下、曲目ごとの主観的な感想です。

 

チョップスティックス ハンガリー狂詩曲風

この曲はよく小さい子供が弾いている、指一本で弾ける「チョップスティックス」をリストのハンガリー狂詩曲風に連弾アレンジしたもの。森下氏と福間氏の連弾です。

お二人とも指慣らしといったところでしょうか。僕のような素人が練習してもできないようなパッセージをさらっと弾いてくれます。森下氏が最初上声部を弾いていて、途中移動して下声部を弾き始め、面白い曲だなぁと思いました。 

 

火の鳥」より『凶悪の踊り』

福間氏の演奏。超絶技巧満載の演奏でしたが、不思議に耳障りな、うるさい音がしない。この曲は元来オーケストラの曲なのですが、オーケストラの楽器毎にピアノの音色を変えるというすごい技をやってのけました。両手跳躍で離れた音を出すときに腰を浮かしていたのが印象的でした。やはり、ピアノというのは身体全体を使って弾くものだと、改めて感じました。

驚嘆すべきテクニックでしたが、それ以上に音楽性や、感性の素晴らしさを感じました。 

 

練習曲「鉄道」

森下氏の演奏。以前のエントリ

 

piano6789.hatenablog.com

 にも書いた通り、この世の中で出回っているアルカンの「鉄道」の演奏の中で最高の演奏だと思いました。技術が足りない事によってゴツゴツしてしまうという部分がなく、さも当たり前のように滑らかに演奏が進んでゆきます。アルカンの時代ののどかな鉄道の表現に加えて、現代的な「新幹線、或いはリニアモーターカー」のようなものも連想させました。

全体的に右手が16分音符の無窮動なのですが、左手の同音連打も驚嘆すべきテクニックですし、最後の方の「鉄の塊が突き進む様子」の部分は鬼気迫る何かがありました。

アルカンも引きこもりのオタクだったそうですが、そのアルカンへの愛を熱心に語る森下氏にも良い意味で「オタク」的な部分が見て取れました。

 

司会の五嶋龍さんも「申し訳ないけれど、さっきから笑いが止まらない」と言っていましたが、確かにそれほど素晴らしい超絶技巧でした。

福間洸太朗さんも森下唯さんも「超絶技巧をツールにして音楽の表現、本質に迫る」という意識をもっており、賞賛すべき点だと思いました。

「イスラメイ」(東洋的幻想曲)

福間氏による演奏。
まず、この曲が古今東西の難しい曲トップの部類に入るにも関わらず、聴いている方は良い意味で難しさを感じませんでした。あまりに難しいことを平然とやってのけていることと、第一に音楽の表現を優先させている演奏であったからです。

まず、フレーズとフレーズの間にある「間」のとり方が絶妙でした。ブレス(呼吸)ともいいますか。あと、静かになる部分と動きのある部分の対比の表現。非常に冷静にこの曲を観察し、表現したとても端正な演奏でした。

余談ですが、オクターブのグリッサンドをやっている人を上からの映像で始めて見ました。 

 

 

最後に|ヴィルトゥオーゾとは何か?両者はヴィルトゥオーゾか?

 

 ヴィルトゥオーゾのピアニスト

ヴィルトゥオーゾ(ヴィルトゥオーソ、名技的巨匠)という言葉で僕がイメージするピアニストはヴラディーミル・ホロヴィッツです。超絶技巧の持ち主で、カリスマ性もあり、聴衆を熱狂させる音楽をステージ上で創造できる人々。時として楽譜を書き換え、演奏効果を最大にする人々。多少のミスさえも音楽の中に溶け込み、バカでかい雷鳴のような音から、ささやくようなピアニッシモまでダイナミックレンジが広い人々。

(全くの私見ですが、ホロヴィッツの他に、現代だとヴォロドス、カッアリス、ランラン、ユジャ・ワン等がこちらの部類)

このような人々の弾くコンサートやCD等を聴いていると、胸がスカッとして、やはり熱狂します。
変な例えですが、「ロックコンサート」のようなものを聴くイメージでしょうか?
アッパー系の脳内物質が分泌されるような気がします。

 

ヴィルトゥオーゾではない感性系ピアニスト

対して、以前のエントリ(2016.11.23 「彼は正統派か?」アンスネスのピアノリサイタルの感想(於:所沢アークホール) - ミヤガワ日記)に登場したアンスネスなどは、技巧は完璧ですが僕はヴィルトゥオーゾでは無い、と考えます。彼はまず「音楽そのもの」について考える人で、聴衆が喜びそうな、恣意的なフォルテシモを出したりはしません。楽譜も考え無しにはいじりません。
職人的、感性系といってよいかもしれません。

(全くの私見ですが、アンスネスの他に、ペライア、シフ、ルプー等がこちらの部類)

このタイプの演奏家の演奏を聴いていると、作品の解釈に感心することが多いです。静かな興奮とでも言うのでしょうか?
ダウナー系の脳内物質が分泌されるような気がします。 

 

森下唯氏と福間洸太朗氏のピアニズム|新しい時代のヴィルトゥオーゾと感性系

ヴィルトゥオーゾ系、感性系と、数多いる音楽家をその演奏スタイルで2種類にカテゴライズする事は到底できませんが、至極大雑把に代表選手を私見で上げてみました。

そして、僕はこのどちらのタイプも好きです。時と気分によって聴く方を決めます。

 

ヴィルトゥオーゾピアニスト

 

では、森下唯氏と福間洸太朗氏はどのようなタイプのピアニストなのか?まず、二人の共通点(というか、特に日本の現代演奏家の共通点)として言えるのは「技術は完璧」という事です。

その昔、アルフレッド・コルトーが来日してコンサートを開いた際、聴いていた音大生が「私のほうがうまく弾ける!」と言ったそうですが、確かに往年の名演奏家の中にはミスタッチが多かったり、演奏にムラが有る人が多いような気がします(録音技術の発展が関係しているかもしれませんが、コルトーのCDを持っていますが詩情は豊かですがミスタッチ多いです)。
もっとも音大生と名巨匠のコルトーと比較するのは馬鹿らしいことだと思いますが…。

 

現代の演奏家である森下氏、福間氏のもう一つの特徴、それは「一つ一つの音を疎かにしない」という事です。現代の演奏家は細部にこだわりがありますね。多分ミケランジェリや、ポリーニあたりから、その傾向が強くなってきたのかもしれません。

昔の演奏家はもっとノンビリというか、曲全体をマクロな目で捉えて大きく曲想を作っていくというタイプが多い感じだったのですが、今日の演奏家はコンクール等でも精度が求められているためか、非常に精度の高い、ミスの少ない洗練された演奏をします。まさしく「神は細部に宿る」ですね。

 

さて、そのような特徴を備えているお二人ですが、

森下唯氏は「新しいヴィルトゥオーゾ」、福間洸太朗氏は「新しい感性系」と結論付けます(全くの私見です。反論歓迎)。

 

森下氏の演奏は基本的にはヴィルトゥオーゾ寄りの演奏ですが、決して強弱とか表現を疎かにしている訳ではありません。
しかし、アルカンへの愛に溢れる演奏はヲタク的な狂気を感じました。この「狂気=デモーニッシュな感覚」というのは従来のヴィルトゥオーゾピアニストの演奏にもよく見られた感覚です。

 

福間洸太朗氏の演奏は基本的には音楽に寄り添った、感性重視の演奏だったと思います。このことは決して技術が足りないという事を言っているわけではありません。
技術は音楽表現をするための手段であって目的ではない」という事をよく分かって弾いている人という印象を受けました。その上で、楽譜を細部まで読み込み、端正に音楽へと昇華していく様に感銘を受けました。

 

現在の日本には超優秀なピアニストが沢山いますね。とても良い番組で満足しました。

読んでいただきありがとうございました。 

 

 

 森下唯さんの最新アルバム。テレビで披露されたアルカンの「鉄道」も収録されています。

 

福間洸太朗さんの最新アルバム。 

福間洸太朗さんのロシアものアルバム。テレビで披露されたバラキレフの「イスラメイ」も収録されています。