ミヤガワ日記

ピアノや読書を中心に、日々の気になったことを書いていきます

アンスネスのシベリウスCDを聴いた感想


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ピアニストのレイフ・オヴェ・アンスネスによるシベリウスのピアノ作品集のCDが9月に発売されました。9月の時点で即買っていたのですが、感想なりレビューはよく聴き込んでからにしようと思い(決して面倒くさかった訳ではない…)、今回ブログを書こうと思った次第です。

 

目次:

 

アンスネスのCD

↑このCDですね。アンスネス氏、昨年のコンサート時と同様、ヒゲを生やしております。シベリウスのアイノラ荘をイメージしたのでしょうか?北欧の、木で出来た住まい風のセット?

 

 

収録されている曲

シベリウス
1.6つの即興曲作品5より
 即興曲第5番*
 即興曲第6番
2.キュリッキ(3つの抒情的小品)作品41
 第1曲 ラルガメンテ
 第2曲 アンダンティーノ
 第3曲 コモド
3.ピアノのための10の小品作品24より
 第9曲 ロマンス*
 第10曲 舟歌
4.ピアノのための10の小品作品58より 第4曲 羊飼い
5.悲しきワルツ作品44の1[ピアノ独奏版]
6.ソナチネ第1番作品67*
 第1楽章 アレグロ
 第2楽章 ラルゴ
 第3楽章 アレグロ・モデラー
7.ピアノのための5つの小品(樹木の組曲)作品75より
 第4曲 白樺の木
 第5曲 樅の木
8.ピアノのための2つのロンディーノ作品68より ロンディーノ第2番*
9.ピアノのための13の小品作品76より 第10曲 エレジアーコ
10.ピアノのための6つのバガテル作品97
 第5曲 即興曲
 第4曲 おどけた行進曲
 第2曲 歌
11. 5つのスケッチ作品114
 第1曲 風景
 第2曲 冬の情景
 第3曲 森の湖
 第4曲 森の中の歌
 第5曲 春の幻影

*2016年の来日公演で演奏された曲

(以上、ジャパン・アーツのサイトより引用)

 

シベリウスの曲だけですね(当たり前か)。しかもシベリウスピアノ曲はあまり有名ではないので、このリストを見ただけではどんな曲か分かりません。せいぜい有名なのは「樅の木」や、「キュリッキ」ぐらいではないでしょうか?

少なくとも僕は昨年(2016年)のアンスネスの日本公演での演奏を聴くまではそのくらいしか知りませんでした。「キュリッキ」はグールドのCDで知ったし(数年前のアンスネスの日本公演でも取り上げられていましたが)、「樅の木」はよくピアノ教室の発表会で大人の人が弾いていたりするので知っていました。

シベリウス交響曲管弦楽曲、バイオリンコンチェルト等に比べると、控えめに言ってもピアノ曲はマイナーなイメージしかありません。

まぁ、だからこそアンスネスのようなメジャーなピアニストがマイナーな作品を紹介してくれるこのようなCDは貴重に思い購入した次第です。

 

 

 

以下、独断と偏見でこのCDの曲の感想を述べたいと思います。あくまで自分の感想なので悪しからず(後から見ると黒歴史になりそうな感想もあるよ!汗)。

フィンランドの荒野

 

くすんだクリスタル|6つの即興曲作品5より「即興曲第5番」

少しくすんだ宝石がポロポロ落ちてくるような、下降音型アルペジオではじまる。僕には冬の広大な荒野に立ちすくんだ孤独な男の背中が見えた。何も咲かない枯れ木と枯れ草だけの寂寥な荒野には冷たい風が吹いており、男は何かを決断したかのように思える。束の間希望の風が吹いているが、やはり行く手は困難の風で溢れている。しかし、男は荒野に一歩を踏み出す。

 

昨年もコンサートでこの曲を聴かせて頂きましたが、アンスネスの技巧は素晴らしいものです。繊細なアルペジオと、どっしりとそれを支える左手のオクターブの音量やタイミングがバッチリと合っている。アンスネスは弱音の出し方が巧い、と思えました。

余談ですが、僕は少年時代、山間の田舎に住んでいたのですが冬に風が吹くと風の音が山に反響して「ゴォ〜」と鳴っていたのを思い出しました。春には風に匂いがある事も分かりました。

 

 

ドラマティックな3つの楽想|キュリッキ(3つの抒情的小品)作品41

1曲目、2曲目、3曲目とも大自然の中で独りになる瞬間がある。大きな自然に対峙しているちっぽけな人間を思い起こさせる瞬間がある。寂寥とした北欧の風景が思い起こされる。冷たい氷の国に突如現れる光の中に不思議な、人間を超越した存在が見えることもある。

 

キュリッキに関しては楽譜も持っており、弾こうと試みた事もあるのですが、シベリウスピアノ曲は弾きにくい。リストやショパンの弾き辛さとは違った、悪く言えばピアニスティックな書法で書かれていないが為の弾き辛さですね。

グレン・グールドのCDも持っています。グールドの演奏は「左右の音の対等さ」みたいなものを追求しているためかドラマティックな側面を意図的に排除していますが、このアンスネスの録音はとてもドラマティックに仕上がっています。こういう録音を待っていたという感じです。アンスネスはリズム感がとても良いので、3曲目等も面白く聴けました。

 

 

喜びと諦観|ピアノのための10の小品作品24より第9曲 ロマンス

暖炉の火を見ながら老人が遠い昔のロマンスの回想をしている。甘く楽しい思い出だけでなく、蹉跌や諦観もあったが今となっては全てを受け入れて懐かしんでいる。思い出を愛でるように。

 

アンスネスは昨年、シューマンのコンチェルトをジンマン指揮で弾いてくれたのですが、アンコールがこのロマンスでした。リサイタルでも弾いてくれました。この曲はシベリウスの曲の中でも聴きやすいというか、ピアニスティックだと思います。所々2声になったりする部分が何とも言えず良いです。あとは中間部の音階が右手上昇、左手下降してから決然と鳴らされる部分はとてもドラマティックです。

あの時の感動がCDで聴けるとは!良い時代になったものです。

 

 

 

陰鬱でオシャレ|悲しきワルツ作品44の1[ピアノ独奏版](劇音楽クオレマより)

巴里で催されるような華美なダンスパーティーにはなりきれない。踊る人々の足取りは重く息苦しい。死の予感がする。どこか偽物じみた、皮肉めいた、道化師たちのダンスパーティー。

 

この曲の出だし、左手のデモーニッシュな「刻み」の音はスタッカート気味に奏され抜群の効果を得ています。こういう旋律以外の音も疎かにしないところがアンスネスの巧さだと思います。この曲を初めて昨年のアンスネスのリサイタルで聴きましたが、最初はサティとかのフランス音楽ぽいなぁ…と思いました。そんな瀟洒な雰囲気と共にどこか陰鬱な空気が感じ取れました。

音楽の進め方が抜群によいです。アンスネスはあまりアゴーギク(スピードの変化)を付けない人でしたが、時折ためらいがちに遅らせる低音に重い足取りがよく表現されています。

ダンスパーティーのヒール

 

焦燥感|ソナチネ第1番作品67 第3楽章 アレグロ・モデラー

救急車が来たよー(笑)

 

↑ちょっとふざけました。でもそんな焦燥感がこの曲にはあります。右手のオクターブトレモロが救急車に聴こえてしまって(笑)。

曲想に不安定さがありますが、1楽章や2楽章と比べると3楽章は纏まっている気はします。ライナーノーツによると、このソナチネop.67は20世紀初頭に書かれたピアノ曲として最も革新的で特異なものの一つに数えられる、とあります。

しかしながら僕はまだこの曲の良さが良く分かりません。シベリウスはピアノ音楽で実験を試みたのでしょうか?かといって現代音楽にもなりきれていないような不思議な空気感があります。

 

 

 

冷たさと温かさ|ピアノのための5つの小品(樹木の組曲)作品75より第5曲 樅の木 

樹氷の街。外套を羽織り行き交う人々を見つめてきた樅の木。樹形図のような人々のあらゆる記憶が複雑に絡み合い、冷たい結晶となり再び雪として降ってくる。

 

ここでのアンスネスの演奏は過度にロマンティックにならず、かといって冷たい演奏でもなく、見事に樅の木の持つ冷たさと温かさというアンビバレンツな要素を結合して処理していることを賞賛すべきでしょう。急き込むように弾くべきところはそのように弾いてくれています。シベリウスの中でもピアニスティックな曲、このような演奏を待っていたというべきでしょう。

街路樹と樹氷

 

ここはロシア?|ピアノのための2つのロンディーノ作品68より ロンディーノ第2番

月曜日にお風呂をたいて火曜日にお風呂に 入り…♪

 

↑すみません。またふざけました(笑)。でもこの曲と、後に収録されている「ピアノのための6つのバガテル作品97 第4曲 おどけた行進曲」なんかはどことなくロシア民謡を彷彿とさせます。シベリウスの母国フィンランドはロシアとお隣ですしね。

アンスネスの今までの録音でヤナーチェクとニールセンのCDやホライゾンズのCDを持っているのですが、そこにもこれと同じような民謡を元にした短い曲があったような気がします。そして、アンスネスはこういう曲を弾くのが巧い!曲想を理解して纏めるのが巧いんでしょうね。

 

 

森の中で目眩、または底なし沼|5つのスケッチ作品114 第4曲 森の中の歌

森を進んでいる内に迷子になった、どこまでも続く林、どこを見ても同じ光景。一生森からは抜けることは出来ない。底なし沼のような森。

 

この音楽はなんとなく今のゲーム音楽にありそうな音楽で面白かったです。曲というよりは音素材といった雰囲気ですが、アンスネスがその卓越した能力で曲として纏めているという感じですね。

 

 

 

総括

 

シベリウスとピアノについて

さて、黒歴史になることを分かっていながら恥ずかしい感想を書いてきましたが、このCDを通して改めてシベリウスピアノ曲にも良い曲があることに気付かされました。

多くはピアニスティックではない、恐らくはシベリウスは作曲する時にオーケストラを頭で鳴らしていたのではないか?と思うような作品が多かったですが、何もピアニスティックな作品だけがピアノで弾かれるべきだとは思いません。

「手に馴染む曲」をピアニスティックと定義すればそのような曲ばかりでは表現の幅が小さくなってしまいます。特にシベリウスのような大作曲家は他人の作品を吸収はするものの、自分の「音楽」を作りたいと願っていたと思います。シベリウスの意図を知るという意味でこのアンスネスシベリウス作品集はとても貴重なCDの一枚足りうると思いました。

 

アンスネスのピアニズムについて

これも過去のブログでも度々言ってきましたが、やはりアンスネスは一つ一つの音を疎かにしない、そしてよく纏まった演奏を聴かせてくれます。

ピアニズムで思い出しましたが、最近考えていること、「プレトニョフの演奏とアンスネスの演奏は随分アプローチが違うなぁ」という事です。(いきなりプレトニョフの話ですが分かりやすいので)

僕が考えるに、

プレトニョフは演奏にメリハリをつけるために所々音を抜く(出さないわけではない)タイプ、

アンスネスは全部の音を(もちろん強弱を考慮して)出すタイプ。

このようにカテゴライズしました。どちらも超がつく素晴らしいピアニストですが、本当に色々なタイプのピアニストがいるものです。

そしてアンスネスのアプローチはショパンにはあまり適さないかもしれませんが(独断です)、シベリウスとかグリーグの音楽には適しているように思えます。北欧繋がりということもあるでしょうし、何よりアンスネスシベリウスを愛しています。

 

最後にCDのライナーノーツにあったアンスネスシベリウスの音楽に対する想いを引用したいと思います。

 

"IT INHABITS A PRIVATE WORLD;

IT IS ALMOST NOT FOR

THE PUBLIC, BUT SOMETHING

TO PLAY FOR A FRIEND,

OR EVEN ALONE."   LEIF OVE ANDSNES

シベリウスの音楽は内面世界を映し出しています。

コンサートの聴衆ではなく

友人のために、あるいは一人で弾くために

書かれた音楽であるかのようです。   レイフ・オヴェ・アンスネス

 

読んでいただきありがとうございました。